晃は、美しい女だった。でも一般的な女らしさの範囲に含まれてはいなかった。
口調は男そのもので、滅多に主語を口に出さなかった。本人に聞いたところ、決め付けて話すようで嫌なのだという。
考え方も基本的にサッパリしていて、簡単に言えば、いつだって極端だった。
でも本人の中でしっかり理論は確立されているようだった。晃の論理は、俺には良く理解できないものばかりだった。
髪は長く、腰まであった。艶の入ったまっすぐな髪で、いつだって束ねようとはしなかった。
校則は常に違反していた。晃の中で校則は、破るためにあるらしかった。
スタイルは良く、黒のキャミソールとホットパンツが良く似合った。
細身の体の何処からそんなエネルギーが出るのだろうと疑問に思うほど運動だって出来た。しかし勉強は文系が苦手で、特に英語が出来なかった。
成人を迎えてから、晃は煙草を吸い始めた。そして四輪の免許も取った。車はバイトで貯金していて貯めたお金で買ったそうだ。
その車というのが、男の俺でも怯んでしまいそうな、いかつい大きな車だったが、すんなりと運転しては俺を助手席に乗せてみせた。
だが、俺は、全て晃と正反対。
俺は英語が一番得意だったし、晃から、英語が出来るヤツは人間じゃないと罵声を浴びせられたこともある。
身長は高いほうじゃないし、運動が得意とは言い切れない。口調については時々カマくさいと友人間から言われるし、主語も多い。自分の中の理論は確立してなくて、矛盾ばかり。
真面目に地味に生きてきた俺は校則を守り続けたし、成人しても酒にも煙草にも車にも手をつけなかった。ましてや煙を吸うことへの抵抗を隠すことは出来なかった。


でも、煙草の味は知っている。


晃との口づけは、いつだって苦い煙草の味がした。
ただ苦いとしかいえない、形容しがたい味。それが晃の唇に染み付いていた。
一度目に唇を求めたのは、晃からだった。興味があるんだと、その一言で唇を重ねた。
俺は苦味にしかめたくなる顔に力を込めていた。二度とするものかと思った。
だが形容し難いその味をどうしても形容したくなって、言葉で捕らえたくて仕方なくなって、黙ってその行為を繰り返した。
晃を抱いた時だって、晃は獣のような声を出して暴れた。
普通の人間なら抵抗を覚えるその状態にも、俺はなんとも言い難い感情を抱いた。
俺と寝るとき、晃は何故か、俺と背中合わせで眠った。一度不安になって理由を尋ねたら、安心するのだと答えた。
そういえば一度晃と俺の仲が周囲に広まった時、晃は無反応だった。
周囲は俺をからかった。不釣合いだと散々言われた。俺も本気で耳を傾けようとはしなかった。
俺がサボテンを枯らさない限り、晃が俺と別れることはないと信じていたからだった。
だから、友人から晃が浮気をしていると聞いた時だって、俺は動揺しなかった。 する余地もないくらい、あの約束が俺と晃の中を繋いでくれているのだと自分に言い聞かせることができたんだ。
結局、その話もただのでまかせだった。それからずっと俺は、晃の言葉以外の晃にまつわる情報を一切信用しなかった。




拾い上げたサボテンは、すっかり弱々しくなっていた。
俺はサボテンを拾い上げたところで、再び育てようなんて思っていない。新たに買おうとも思わない。
土と鉢の破片とサボテンを手近にあったビニル袋に詰め、立ち上がってゴミ箱の前に立ちすくんだ後、静かに指を離した。
ドサ、と美しいとはいえない音を立て、ビニル袋は底面へと衝突した。開いたビニル袋の口からのぞく、しおれたサボテンの蕾が寂しそうに俺を見つめていた。
部屋を見渡すと、何も変わっていなかった。いつもどおりだ。でもどこか寂しい。ぽっかりとしている。
対象物は何も変わっていないのにそう映るのは、対象物を見て形容している俺に原因がある。それは俺の心なんだろうな、とつらつら馬鹿みたいに頭の中に言葉を発生させていたら、目覚ましがいつも異常に騒がしく秒針を進ませていた。
強い脱力感を抱いて、その場に座り込む。
膝を抱えようとして膝を立てた瞬間、脇のテーブルにぶつかった。その衝撃で、パタ、とテーブルの上にあった紙箱が床の上に落っこちた。
拾い上げると、それは晃が愛していた煙草だった。
軽く潰されているのを見ると、空き箱なんだろう。見るとテーブルの上には、百円のライターも置き去りにされていた。
掴んだ手をゴミ箱に向けて振り上げた瞬間、俺の頭の中に煙草を咥えている晃が蘇った。
腕の筋肉が瞬時に強張り、手が止まる。気づけばフッと力が抜け、腕が下がっていた。
奥歯をぐっと噛んで、空き箱をテーブルの上に戻す。
その瞬間、俺は何処か遠くへ行きたい衝動に駆られた。こんな空間に一秒でも長くいたいと思っている自分に嫌気が差したのだ。
悲劇の主人公なんて、俺はどうでも良い。思い出に捕らわれて死ぬなんて、まっぴらごめんだ。女なんか晃以外にもいる。
そうだろ、そうやって誰だって失恋くらい乗り越えていくんだろ。

俺は財布とケータイと鍵を掴んで、玄関に向かった。
パーカーとジャージでも、構わない。そうだ、田舎の実家にでも帰ってみようか。電車で二時間。十分だ。
こんな部屋にいるくらいなら、母さんに会ってこよう。親父の酒に付き合ってやろう。今なら何だってやってやれる気がする。

玄関のドアノブに手をかけた瞬間、俺は身体の勢いを緩めた。足を止める。振り返る。
部屋の中には、誰もいない。
俺は一度履いた靴を脱ぎ、部屋に戻ってテーブルの上にあった煙草の箱とライターを掴んだ。
パーカーのポケットに突っ込んで、走って玄関に向かい、今度は振り返ることなく玄関の外へと出た。



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