慣れないヒールでアスファルトを蹴る。
すぐさま足が痛くなって、ふと後ろを振り向くと楓の部屋の窓辺は空っぽだった。
いつもそこにあったサボテンは床に叩きつけてしまった。
今まで思い通りにいったことなんてなかった。
何時、何処で、どうして、私は道を外したのだろう。
よく年子の姉妹は友達のようだとか双子に近いとか言われるが、姉と私には決して当てはまらなかった。
姉は頭が良く、妹である私から母親を引き剥がすのが上手かった。
姉がいるのに一人遊びがいつしか得意になって、間接的に追い出されて家の外に出るようになった。家の中にいるのは苦痛だった。
幼い頃から家の中と外と、生きる世界が異なっていたからか年を重ねるごとに、お互いの差がはっきりとしてきた。
私は外で遊びまわっていたから怪我ばかりで、肌は日に焼け真っ黒になっていった。
不器用だったから、髪を縛ることなんて滅多にしなかった。スカートなんて動きにくくて厄介だったから、ズボンばかりはいていた。
その反面、姉は本を読んだり絵を描いたり、家の中で過ごしてばかりだったから肌は白く、器用な指先で毎日髪を結わえ、料理や裁縫が得意だった。
名前においても私の晃という字と比べ姉は景だった。
読み方でさえ、姉は「けい」私は「ひかる」。
初対面の人には必ずといって良いほど「あきら」と読まれた名前を、好きだと思えたときはない。
さまざまな面をとって、親戚は皆私よりも姉を可愛がった。姉は親戚中のアイドルだった。
可愛いね、綺麗ね、女の子らしいね。私は姉の横で何度もこれらの言葉を耳にした。
決して、私には投げかけられない言葉たちだった。
その代わり私に向けられるのは、女らしくしたらどうかとか、洒落っ気の一つや二つは持ちなさいとか、いづれも冷たい言葉だった。
一時的にコソコソ隠れながら姉の真似をしていた時もあったが、空しくなって諦めた。
完璧にやったところで、私が姉以上に褒められることは無いと分かりきっていたからだった。
とうとう私は大人に媚びるのをやめた。姉の行動を観察するのも馬鹿馬鹿しく思えてきた。
自分の好きなように生きてやろうと、他人に左右されること無く生きていこうと、決意した。
ちょうどその年の誕生日、父親からもらった誕生日プレゼントがサボテンだった。小さな鉢に入っていて、棘がびっしりと四方八方に生えていた。
小学生でものぐさな私でもサボテンならば大丈夫だろうという父親の配慮だった。
もらってすぐの時には、さほど興味も無かったのだが、実際水をやって眺めて何度か植え替えをしてみると、静かな愛着が湧いてきた。
憂鬱な気分のときに机の上に置いたサボテンを眺め、指先で棘に触れると、何故か心の奥が軽くなる気がした。
その数年後、中学の時に委員会で園芸委員になった私は、楓に出会った。
園芸委員の主な仕事は校庭の花壇の水遣りと、教室に花を絶やさないようにするという二つだった。
私はさっそく小さなサボテンを買って、教室の隅に置いた。その頃、ちょうどサボテンを置いた窓際の棚の真横が私の席だった。
その頃の私は女友達とつるむことを拒んでいて、親しい友人はいなかった。
その代わり毎日、家でも学校でもサボテンと共に私は過ごした。
いつしか、気づいた頃には同属のような感覚が芽生えていた。
夏の暑い日、サボテンが気になって夏休みの学校に入ったことがある。
サボテンは熱に強いイメージがあるが、光が強すぎると鮮やかな緑が消えてしまうことがある。そう本に書いてあったから心配になって駆けつけたけれど、教室のサボテンは無事だった。
その時、楓と遭遇したのは今でも覚えている。
楓は教室の隅から、じっと私の持つサボテンを見ていた。園芸委員であるから植物が好きなのだろうと思った。楓は私が学校へ行くと、いつも学校にいた。
どうして遠くから、じっと見つめてくるのかは分からなかった。
そんな風に夏休みの日々を楓の存在を知りながら過ごしていった私は、楓と話をしたいと思いはじめていた。何故私を見つめてくるのか。何を考えているのか。とにかく真意が知りたかった。
次第に、その気持ちが大きくなって変わり始め、楓の行動を気にするようになった。そして帰宅してから机にふせ、サボテンにその日の楓の話を聞かせるのが日課になり始めた。
生まれ変わったらサボテンになって、楓に世話して欲しいなんて馬鹿なことを考えるときもあった。
私の中で楓は不思議な存在だったから、いつか追求したいと思っていた。
その思いを汲み取ってか、運が良かったからか、知らぬ間に私たちは同じ高校を受験し合格した。その上クラスまで同じになり、私は楓に目を向ける回数が増えた。
楓は優等生だった。クラスで目立つことを避け、トラブルも起こさず、いつでも笑っていた。くしゃりと笑うその顔からは静かな優しさが滲み出ていた。
線の細い体は意外にも背が高く、身長の高い私でさえ見上げるほどだった。
いつでも誰かが隣にいて、飾らない生き方をする楓が、羨ましかった。
楓が、サボテンが好きだと分かったのは高一の秋。
学校の遠足で植物園に行ったら、突然告白をされた。驚いたとか驚かなかったとかの次元ではなかった。
喜んでいると悟られたくなくて、そ知らぬふりをしていた。
でも、実際は長い間深く知りたくてたまらなかった楓に話しかけられた上に告白されたという奇跡に、胸が躍っていた。
その時、私は楓に条件を出した。
サボテンを枯らさないこと。
自分でも馬鹿な約束だと思ったけど、その意味は私の中では揺るがなかった。
サボテンを私と思って、可愛がって欲しい。私の分身に等しい、私の仲間を、私を、傷つけないで欲しい。そんな意味だった。
結局、恥ずかしさが勝って楓本人には言えないままだった。
楓との日々は純粋に楽しかった。出かけるときも、楓の家で過ごすときも、いつもゆったりとした空気が流れてて安心した。
同じベッドの中で、別の体温が隣にあることが、こんなにも愛しくてかけがえのない安らげることなのだと初めて知った。
付き合い始めてから楓のいろいろな面が見えてきた。ハッキリいって女々しいヤツだけど、時にしてやっぱり男なんだと痛感する。
私よりも頭が良く、律儀な性格で、酒にも煙草にも手を出さなかった。
楓からは私の煙草の香りとは全然違う甘い匂いがしていた。
根は真面目で、私との約束もちゃんと守り続けていた。サボテンは、いつも楓の部屋の窓の側にいて私たちを見守ってくれた。
いつまでもこんな日々が続くとは思わなかった。何にだって終わりがあるとは思ってた。
でも楓と一緒に居ると、自然と永遠に楓といたいと思う自分が芽生えるのが分かった。
幼い頃諦めた女としての幸せが、手に入り始めたことが、何よりも嬉しかった。
サボテンは何年も待って、丁寧に育てれば綺麗な花が咲く。
色鮮やかな花のイメージはなかなか普及していない。じっと温かい目で見守るように辛抱強く育てた人だけが花を見ることが出来る。
言い換えれば、サボテンは大切にしてくれた人のために花を咲かせ、その人を魅せる。
私も、サボテンのように楓のために美しく咲いてみせようと心に決めた。
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