『ねぇ桂木ってさ、好きなヤツいんの?』
俺はソーサーに戻したカップに入れられたコーヒーの水面を見つめながら言った。
俺は何とか、あの助手の目を潜りぬけ桂木をデートに誘うことに成功した。
助手の防御がない状態で桂木を誘うのはたやすく、俺は夢見心地で桂木とレストランへ入った。…のはいいものの。
注文した料理が来るや否や桂木は料理に熱心に向かって手と口を動かすばかりで、一度も俺の方を見ようとはしない。
桂木はどう思って今日ココへ来たかはわからないけど、確か俺はデートという名で桂木を誘ったはずだ。
実際桂木が幸せそうに笑ってれば俺は構わないけど、でもだからって一回も目を合わせないどころか顔さえ向けてくれないのは酷いんじゃないか。
幸せそうに料理に舌鼓を打つ桂木を前にして耐えきれなくなった俺はちょっとからかってやろうと口を開いた。
途端に、桂木が立てていた食器の触れ合う音がピタリと止んだ。
「・・・…いますけど」
ざわっと胸騒ぎがして、俺は再び視線を桂木へと戻す。
桂木は皿に視線を落としたまま、ナイフとフォークを握りしめ、動きを止めていた。
俺は自分の胸に滞る嫌なものを吹き消すかのように鼻で笑い、桂木の言葉を軽くあしらう。
「どうせ桂木のことだから、美味い料理とかケーキとかって言うんだろ?」
「まぁ、当たってなくはないかな」
少しムッとしたように、パクリと更に一口パスタを口に入れて咀嚼し飲み込んだ。俺も合わせてコーヒーに口をつける。
「匪口さんこそ、好きな人いないんですか?」
突然の反撃にコーヒーにむせそうになるのを堪える。赤い顔をなんとか誤魔化し、冷静を装ってみせる。
「俺?俺だっているけど」
「そっか、匪口さんだったら上手く行くと思うなぁ」
そして桂木は無邪気に笑って更にこう付け足した。
「少なくとも私だったら」
どきり、と胸を突かれる。息が詰まる。
「匪口さんと付き合うかどうかわからないけど」
ほっと肩から力が抜ける。
「何それ。どういう意味?」
「匪口さんには絶対教えてあげない」
クスクス笑った桂木は意味深に言ってみせると、食事を再開した。
→Side:Y