お父さんが鍵を手にして玄関のドアを開けた。
私は、一番最後に家の中へと入った。
「やっぱりキズだらけだな。まぁ、構わないよな」
父が柱に手を当てていった。
「あら、ただのキズじゃないわよ。うーんと、何か書いてある。…ナナミ12歳…背の高さを刻んだみたいね」
父は「ほぅ」と呟いて私を呼んで柱に背を向けさせた。ツメでギッと柱に傷をつける。
「あら、夏海おんなじね」
振り返ってみると、刻まれた二つの傷は同じ高さだった。
「偶然だな。子供なんて同じ様な背丈だよ」
父がそういった後、私は静かに二階へと上がった。
部屋の扉を開けると、埃の匂いが充満していた。学習机が置かれ、日差しが窓から差し込んでいる。
私は黙って学習机の椅子に座った。
机のキズは全て猫のチビがつけたもの。椅子の高さは犬のジョンが私の膝の上に頭を乗せたがるから低くしてある。
私は立ち上がって窓に手をかけた。窓の外には裏庭の満開の桜の木が見える。
あの桜の木は弟が生まれた時に植えたんだ。
そして庭の夏みかんは、私が生まれた事を祝っておじいちゃんが全部植えたもの。
あの桜の木にはお父さんが作ってくれたブランコがあって、弟がとても気に入っていた。
いくら泣いても、ブランコに乗せて一こぎするだけで弟は笑った。
楽しかった。いつも庭でかくれんぼをした。その中には近所の優子ちゃんと秀ちゃんがいた。

バタン

私は全身に寒気が電流の様に走って、ドアを見た。風で閉まっただけの様だった。
私は頭を抱えた。
何故知っているんだろう。何でこんなに懐かしいんだろう。
ここには、初めて来たはずなのに。
そして扉が閉まっただけで、こんなに怯えているんだろう。…分からない。
「夏海ー、ご近所回るから、いらっしゃい」
「はーい」
私は階段を勢い良く下りた。
母に連れられて家を出て、お隣のインターホンを押すその背中の陰で小さくなる。
ガチャ、と音がしてドアが開くと、おばあちゃんが出てきた。
「私、今日隣に引っ越してきた安達というものです。よろしくお願いしますね」
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いしますよ」
私はおばあちゃんと母が話している間、庭を見回した。
パンジーにチューリップにツツジ。綺麗な花々が咲き誇っている。
その奥で、一人の女の人がホースで水を与えていた。
その女の人は水遣りの際にこちらを向くと、目を丸くして歩み寄って来た。
「七海ちゃん!?七海ちゃんよね!?」
私は身をこわばらせた。するとおばあちゃんが言った。
「こら、その子は今日引っ越してきた子だよ。勘違いするのもほどほどにしなさい」
女の人は私の顔をまじまじと見た。
「だって…本当にそっくりなのよ。あの日の…ままなの」
七海とは…さっき柱に刻まれていた名前だ。
私は静かに呟いた。
「もしかして…優子ちゃん?」
女の人は更に目を丸くした。
「七海ちゃんの呼び方だわ。もしかして…生まれ変わってくれたの?」
私は女の人の言葉に心のどこかで納得していた。
「七海ちゃんは…かくれんぼをしてて亡くなったからねぇ…」
おばあちゃんの声に、私はハッとした。
そうだ。私は…七海は…優子ちゃんと秀ちゃんとかくれんぼをしていて、隠れる時に焼却炉の中に潜り込んだんだ。
だけどそれから数分して誰かが、気付かずにフタを閉めて何かを燃やしてしまって…。
熱くて、熱くて、声さえも出なかった。もがく事もできなかった。
フタの隙間から見えるブランコが寂しげに静かにゆれていた。
視界は真っ赤で、血の様だった。
私は口元で薄く笑った。横にいた母が慌てて言った。
「変な事言わないで下さい。この子はれっきとした私の娘です」
私は母に手を引かれた。
「いい、夏海。気にする事無いわよ。わかった?」
私は力強く言い聞かせる母に対して「うん」と力無く答えた。
だけど、心の中では何か楽しげで幸せな気分が広がっていた。
私は笑いながら心の中で囁いた。

こんにちは、七海……前世の私。