桂木からチョコを貰った。
義理チョコだって言われたけど、滅茶苦茶嬉しかった。
笹塚さんにもあのチビメガネにも筑紫さんにも石垣にも渡してたみたいだけど、それでもやっぱり嬉しくてニヤニヤするのを堪えるのに必死だった。
いくら不格好な型詰めチョコでも、『匪口さんへ』って書いてあるメッセージプレートを見ただけではしゃぎたくなった。
俺へのチョコだけやたら表面がガタガタとして奇麗な仕上がりだとは言えない仕様だったけど、それはそれで必死な桂木の姿が目に浮かぶようで可愛いってヤツだろ。そっちの方が手作りの良さが溢れてる感じだし。
味はまぁまぁだった。俺は桂木みたいにグルメじゃないから食えただけで満足。
サンキュ、と礼を告げたら桂木は嬉しそうな顔をしてみせた。
くしゃっと顔をほころばせて、クスクス笑った。
そんな桂木に、俺は本当のお礼をしなきゃいけないわけだ。
一か月の猶予の終了とともに来るのはホワイトデー。所詮は菓子会社の陰謀。
バレンタインデーは女がチョコレートを渡す日。じゃあホワイトデーは何を渡す日なんだ?
そんなこんなで悩んでいるうちにホワイトデーとやらが俺の元に来てしまったわけで。
もちろん俺が何も用意して無いのは言わなくても分かるだろう。
どうしようかと考えあぐね、椅子の背もたれに寄り掛かる。ギシギシと椅子が悲鳴を上げる。仕事なんかそっちのけで構わない。
どうせやったってやりきれないほど山ほどの仕事をまたあのチビメガネが積み上げてくだけなんだからさ。
そんなことより、期限がギリギリに迫ってるこっちの問題の方が重要だ。
そういえば、桂木はバレンタインの時、俺以外にも義理チョコを渡していたっけ。
笹塚さんと笛吹さんと筑紫さんと石垣と…事務所仲間にも渡したって言ってたな。
だったら、ちゃっかりしてる桂木のことだから、今日ココにくるんじゃないか?
そういうとこだけ笹塚さんも笛吹さんも筑紫さんもきっちりしてるタイプだから忘れてるってこともないだろうし。
桂木だって、外には出さないものの、内心ではホワイトデーのことを想定してバレンタインにチョコレートを配ってたはずだ。
さぁ、と俺の頭から血の気が引く。きっと桂木は学校帰りに寄っていくだろう。となると…
俺は壁に掛けられている時計に目をやる。午後4時25分。ヤバい。今桂木が現れてもおかしくない時間帯だ。
もし俺が何も用意して無いと知ったら、桂木はどんな表情をするんだろうか。
プレゼントを買うことは無理に等しい。なら、何か桂木が喜ぶような約束をするしかない。
バイキングに連れてくか?それとも遊園地とかデートに誘うか?
いやいや、やっぱり桂木には食い物を贈った方が喜ぶよな。
「匪口」
びくっと肩が震え、世界がぐるりとひっくり返った。
いや、ひっくり返ったのは俺の方だった。
バランスを崩して背中を打ったらしい。ズキズキと動くたびに腰が痛い。
いてて…と顔をしかめて起き上がったら、声をかけた同僚のおっさんが笑いをこらえて俺を見ていた。
ムッとしながら椅子を起こして立ち上がる。
「またあの女子高生探偵がお前に会いに来てるぞ」
「…やっぱり」
大きくため息をついて頭を二三度掻く。
降参して会いに行くと、大きな紙袋を両手いっぱいにぶら下げた桂木がニコニコ笑顔で俺を待っていた。
「あ、匪口さん」
「よっす。…それ何?」
聞かなくても分かってるけどさ。聞いてくださいって顔で訴える桂木の静かな要求を飲み込んだだけだ。
どうせ俺に会う前に他のヤツからお返しをもらいに行ってきたんだろ。
「バレンタインのお返し」
そんな嬉しそうな顔するなよ。腹立つ。
「で、中身は?」
「笹塚さんからはケーキバイキングのチケットとお誘いを。笛吹さんからは大きなテディベア。筑紫さんからはフランス料理フルコースのご招待に、石垣さんからはバケツプリン。今度吾代さんには遊園地に連れてってもらう約束を」
…見事に俺が一番最後なわけね。しかも俺が考えてたことはことごとくみんなやってるわけだ。
「…桂木さぁ、今日もしかして、もしかしなくても、俺にバレンタインのお返しを貰いに来たんじゃね?」
「ふふ、もちろん」
悪びれもテレ笑いもせず堂々と言いやがったよ。
「で」
匪口さんは何をくれるんですか?
桂木の目が俺に訴える。期待をこめた視線が俺をまっすぐ捕える。
とっさに目をそらし、ガリガリと頭を掻く。万事休すかよ。
食い物もデートもありきたりだし、今さら用意してもろくなことはできない。二番煎じなんて気に食わない。
口をとがらせ、もう一度桂木を見る。俺のお返しを今か今かと待ちかねて俺を見上げている。
すんなりコイツの思い通りにさせたくない。
俺は何の気なしを装って桂木に尋ねた。
「桂木、俺からのお返し、今すぐ欲しい?」
一瞬困ったように怯んだ桂木を見て、俺はぐいっと引き寄せ、無理やりキスをした。
出目金みたいに目をぎょろぎょろさせた桂木は、それこそ金魚のように口をパクパクさせて真っ赤になっていた。
してやったり、と俺は出来るだけ思わせぶりに笑ってやった。
「俺の精いっぱいのお返し。これで勘弁してよ、桂木」
周りの奴らには真似なんて出来ない、俺なりのお返し。
文句は言わせないための一番手っ取り早い方法。
効果はてきめんだったらしく、桂木は慌てて紙袋をひっさげて、逃げるように帰って行った。
その後ろ姿に、俺は満足した笑いを浮かべる。
俺が一ヶ月あの日の桂木のことを悩んだ分だけ、桂木も今日の俺のことを悩めばいい。
それが俺にとってのバレンタインの桂木と同等のお返しってヤツだろ。
深い意味なんてないさ。
ただ、並一通りのお返しを望んでた桂木が癪だっただけだよ。