それは他愛もない会話の真っ最中から始まった。
確か桂木が眠そうに目をこすって欠伸してて、俺がどうしたんだよって聞いたんだよな。
「昨日、友達の家でお泊まり会してて、あんまり楽しいから寝ないまま朝になって……眠いんです」
「なるほど」
女子高生らしい理由に、少し羨ましさを抱く。俺がダチと馬鹿騒ぎしてたのって、いつだっけ。
てかそんな時があったかさえアヤフヤだ。だから「お泊まり会ってホントに楽しいですよねー」と賛同を求められても困る。
「あー、俺…そういうの、あんま興味ないかも。てか大体何すんのって思うし」
「ただ皆でお喋りしてるだけで気付けば朝になっちゃうんですよ」
「ふぅん…女ってよく話題に困らないよなぁ」
「匪口さんの家でも、出来たらお泊まり会したいなぁ」
……は?
「俺ン家?え?桂木と桂木の友達が俺ン家で寝泊まりすんの?」
「いえ、私だけですよ、もちろん。……迷惑ですか?」
「いや別に迷惑なんかじゃねぇよ?」
「じゃあ良いんですか!?いつお仕事お休みなんですか?」
「明日休みだけど…」
「じゃあ今夜ですね!私、今からお母さんに連絡してみます」
……ん?
桂木は手際良くケータイを手にして電話をかける。
ちょっと待て、桂木が俺ン家来て一晩過ごす!?おいおい俺とりあえず男だぜ!!?桂木、お前もしかして…
「あ、お母さん?私今日友達の家で泊まっていきたいんだけど………あ、うん、わかったー」
………やっぱコイツ、俺のこと男って思ってないわけね。桂木…軽く傷つくよ、俺でも。自覚ないんだろうけどさ。
「じゃあお邪魔させてもらいます」
………良いよもう、勝手にしてよ。
とか言ってたら桂木は本当に俺の後についてきた。
家から徒歩3分のコンビニに立ち寄って、桂木と夕飯を買う。
食い物の話をする時の桂木って、なんでこんなに楽しそうなんだろうな。普通に可愛いよ。でも色気はゼロ。
桂木らしいっていうか、桂木そのものだ。
マンションについてエレベーターに乗り込み、いつもどおり他愛のない会話を続けて俺の家の前へ。
玄関を開けて入ると、何度も来ている桂木は慣れた様子で俺より先に部屋の照明のスイッチをいれた。
「TVつけますねー」
なぁ桂木、いくらなんでも慣れすぎじゃね?
冷蔵庫に入れっぱだった烏龍茶をコップに注ぎ、運ぶと、桂木はビニール袋の中身をテーブルに広げていた。
「あ、コレとコレのついでに匪口さんのもレンジで温めときますね」
にこにことした笑顔でさらりと告げ、すっと立ち上がり俺の背にあるキッチンへ歩き出す。
俺はあぁ、とかうん、とか生返事しか出来なかった。
ピッ、ピッと桂木がレンジを操作している音を聞きながらTVを眺める。
いつもはあんまりTVをつけない俺にとって、さほど興味を抱かせない画面に、一気に肩の力が抜けた。
温かくなったコンビニ弁当を手にして戻って来た桂木が座ると同時に、俺は受けとった弁当のフタを開けた。
それとは反対に桂木はきちんと両手を合わせ、まるで決戦でもするような真剣な顔を一瞬見せてからガキみたいな間抜けな満面の笑みを浮かべた。
「いただきまぁす」
キラキラした顔で食べ始めた桂木を見てると、なんとなく口元が緩む。
本当に幸せそうな顔するよな。この表情だけで腹膨れそうだよ。桂木は食ってるだけなのに、何でこんなに楽しいことに思えんだろうな。
半分ほど弁当を食したくらいで、俺は箸を置いた。
不思議そうな目で見てきたから、「明日の朝メシ」と答えといた。
半分本当で、半分嘘だった。桂木、きっとお前は気付いてないだろうけどな。
飯を終えて片付けたら、桂木はぺらぺら喋りだした。あとからあとから話題を振ってくる。
でもどの話もつまらない話じゃなかったし、話してる桂木本人も楽しそうだった。
TVがさほど面白くない、と桂木が判断して消されてから二時間ほどで話題が途絶え途絶えになり出した頃、桂木はテーブルに突っ伏した。
「どうした?」
「…眠くなってきちゃって…」
「え?寝んの?そんまんま?シャワーくらい浴びれば…」
…言ってから後悔した。
「じゃあ…匪口さんの服貸して下さい」
…え?桂木、あのさ…
「Tシャツで良いんで。ダメですか?」
「ダメじゃないけどさ……わかった、出すよ」
もちろん俺の負け。
結局桂木は俺の用意したタオルと着替えを手にしてシャワーを浴びた。
かしたTシャツはサイズがデカかったらしく、桂木が着るとかなりダボダボだ。
首周りの布がたゆんでその細い鎖骨が露出している。
サッパリした様子で濡れた髪を吹きながら、ふぁあと大きく欠伸をし、再びテーブルに突っ伏す。
「桂木、ベッド貸すから、こんなとこで寝ないでくんない?」
苦笑しながら言うと、桂木はふにゃふにゃとした寝ぼけ声で謝った。
ゆっくりと立ち上がった桂木を誘導すると、俺のベッドにいそいそと自主的に潜っていった。
「おやすみなさい」
ふにゃ、と笑った桂木は、すぐさま寝入ってしまった。
やっぱまだガキだな、と笑ってからリビングに向かおうとした時、桂木が微かな声で言った。
「…匪口さんの匂いがする」
どきりとして思わず足を止める。
振り向いてベッドの傍らに立つと、桂木はすやすや寝息を立てていてホッとした。
ほんのり騒ぎ始めた鼓動が思考の速度さえも早める。
桂木、お前本当にそろそろ自覚した方が良いと思うよ、この状況に。
だって俺は男でお前は女なんだ。だからお前が気にしなくても俺が気にすることなんていっぱいあるんだよ。
寝返りを打って、Tシャツの襟元がたるんで白い肌とともに下着の肩紐が姿を覗かせた。
罪悪感に目を逸らした反面軽く喜んでる自分に気付き、脱力する。
何も分かっちゃいない事の張本人を改めて見たら、ほんの少しイラッとした。
無邪気な寝顔にそっと囁く。
「そんなに無防備だと、俺、桂木のこと襲うよ?」
出来るだけ意地悪く、出来るだけ怖そうに。
でもむにゃ、と口を開けた桂木の「いーですよ…匪口さんなら」って言葉に口をへの字に曲げた。
「…つまんねぇの」
赤くなった顔を寝てる桂木が見てるわけもないのに隠しながら部屋を後にする。
もう二度とこの部屋に桂木を泊まらせないようにしよう。
桂木が使ったあとのシャワーを浴びながら、俺は自分の頭が桂木のシャワーシーンを想像しないように決意した。
でもそれからというもの、俺はベッドから桂木の匂いが消えそうになる度に泊まり会を開くはめになった。
俺の知らないところで、桂木の作った無自覚な罠にハマっていたらしい。