疲れきって帰宅したら桂木がお風呂を沸かして待っててくれたらしく、何週間ぶりの湯船に浸かった。
吐き出した息と共に疲れがどっと湧き上がってくる。
湯船もたまには良いんだが、溜めるまでの時間と掃除が面倒で、普段はシャワーで充分だと済ませてしまう。
目を閉じて、肩までゆっくりと身を沈めると、冷えた肌から流れる血までじんわりと温まっていく。
駅からたった数分の距離しかない帰路ですっかり冷え切っていた指先に、ようやく感覚が戻ってきた。
帰ってきた時に桂木がいたこと、今扉の向こうで夕飯の支度を多分してくれているであろうこと、明日は休日だからこのまま泊まっていくんじゃないかということ、そんなことを考えながら口元を緩める。
我ながらのん気なため息をついた時、風呂場のガラス戸を小突く気配がした。
どうかしたんだろうか、と返事をすると、扉の影から桂木が姿を見せた。
肘の近くまで捲った袖と、ルームパンツから伸びた素足が湯煙越しに見える。にこにこと笑った口元が動く。
「たまには背中、流そっか」
一瞬自分の耳を疑って、その次に逃げるように、ビタンッと壁にへばりついた。
「えぇっと…今俺の耳による聞き間違いとかでなく?本気で?」
やだなぁ、と桂木は相変わらず笑っている。
「そんな天地がひっくり返ったみたいな反応しなくても…ただ、匪口さん疲れてるみたいだから、少しでも疲れがとれたらと思って。あ、それとも匪口さんはそういうのってもしかして…嫌?」
嫌じゃない、嫌じゃないけど、と繰り返して首を振る。
じゃあ、と桂木はシャワーヘッドを握って俺の背後にしゃがみこんだ。熱めのシャワーが肩にかかる。
「熱くない?」
「大丈夫」
「じゃあシャンプーするね」
言われるがままに頭を差し出す。手持ち無沙汰のせいか、気づけば浴槽の中で体育座りをしていた。
「お客さん、かゆいところはありませんかー?」
ふふふ、と笑う声に合わせて、髪の根元を刺激されていく。
桂木の白くて細い指が動いている様を想像していると、何だか意味もなく面白くて、少しふざけたくなった。
「もう少し右、お願い。もっと右…もっともっと…あっ、と、いきすぎ、あー今度は左すぎ、もっと右だって」
「もう、わかんないよ、どこ?…ここ?」
くすくす笑う声がして、とりあえず俺はそこが正解だということにした。
シャンプーが終わって洗い流す際には、湯船の縁から、首から上だけをせり出した。
天井を見上げていると、すすぎをしている桂木と目が合って、意味もなくお互いひとしきり笑った。
リンスも終わって、しっかりすすぎも済ませる頃には、俺の首が悲鳴をあげていた。
でも、俺のためと頑張る桂木には、そんなこと言えるわけもない。
慣れないことに疲れたのか、桂木も一区切りついたところで達成感を示すため息を漏らした。
「そろそろのぼせそうだし、上がろうか」
立ち上がろうとすると、桂木が、えっ、と短くこぼした。つられて、えっ、と俺の口からも出た。
桂木は、熱気で火照っているのか、それとも少し照れているのか、頬をほんのり赤く染めていた。
このまま一緒に入ろうかな、と思ってたんだけど…と消えいるような声で桂木が言った。
俺はもう何も言えなくなって、湯船のはじにくっついて顔をそらし、出来たスペースを手で示すことしか出来なくなった。
じゃあ、と囁かれて、わずかな間の後に背中に気配を感じた。と思ったら、気配どころか素肌の感触が背中に伝わってきた。
お湯に濡れた肌が、隙間なく、くっついているのが分かった。
「やっぱり…せまいね」
浴槽から溢れるお湯の音にまぎれて、桂木のつぶやきが聞こえた。
マンションの1人暮らし用の湯船に2人で入るなんて普通に考えれば狭くて当たり前なのは明確だ。
「やっぱ、俺、先出るわ」
立ち上がろうとすると、桂木の声によって制止された。
「お湯、少なくなっちゃったから、匪口さんが出たら風邪ひいちゃう」
ね?と振り返った桂木の横顔に、俺はすんなり負けて再び浴槽内に腰を下ろした。
ぴちゃん、と雫の落ちる音が浴室内に響きわたった。
だんだん頭がぼぅっとしてきたのは、のぼせのせいか、騒ぐ心臓による酸素不足のせいか、最早検討もつかない。
「ねぇ匪口さん、ごはん何が良い?」
沈黙に耐えられないと言わんばかりに質問をされた。ぐらぐらする頭で何も考えられず
「別に…何でも…」
と答えるのが精一杯だった。
「もしかして、食欲ないくらい疲れてる?やっぱりお湯溜めといて正解だったんだね」
「どういう意味?」
「ほら、シャワーだけじゃ疲れってとれにくいから…疲れてる時はちゃんとお湯に浸かってから寝た方が良いから、ね」
それって俺のためってこと?と聞きそびれた変わりに、口から出たのは
「なぁ桂木、結婚しよう」
だった。
桂木は少し返事に間を空けたけど、明るく
「何で今なの?順番めちゃくちゃだよ」
と笑って言った。
タイミングの悪さに居心地の悪さも感じていると、湯船の中の桂木の手が俺の手に触れて、いいよ、と答えてくれた。
ついったーのCPシチュりついったーによる結果から。
「ほとぼりが冷めるまでに3RTされたら、ヒグヤコがお風呂でプロポーズをする/される、誰得な作品をかいてみましょう!」