テーブルを埋める料理。そしてその端から続々と消えていく料理。俺はそれを見て仕方なく苦笑する。
すると目の前に座っている桂木が……そう、桂木が恥ずかしそうに笑うんだ。
必死に口の中に料理を運ぶさまは、何時間見ても飽きない気がする。
パンから肉から、スープにドリンクまで、口の中に吸い込まれるように姿を消していく。
それを見ながら俺は、桂木には頬袋があるんじゃないかと考える。
すると桂木は俺を見て、少し不機嫌そうな顔になるんだ。
顔は不満そうなのに、俺が笑うとまた再び食べ始める。
文句を言うわりには、俺が料理をくれと願えば、何度だって譲ってくれる。
そんな矛盾に桂木は気付かないまま、俺の目の前で食事を楽しむんだ。
俺はそんな桂木を前にして、このまま桂木が、ずっと俺の前で食事してくれないかなぁと願う。
倦怠感を隠し切れないまま目を開けたら、すぐさま俺は現実に引き戻された。
見慣れた職場の風景が目に飛び込む。
「匪口、うたた寝なんて、お前らしくないな」
コト、と俺が座っているデスクの上に、コーヒーの入ったマグカップが置かれた。
「え……あ、サンキュ」
状況を全て把握せずに、俺はマグカップに手を伸ばした。
夢の中でも食ってるなんて桂木らしいよな、と俺は夢の中の桂木の姿を思い出して思わず笑った。
手にしているマグカップを口元に寄せ、一口すすると、その熱さに情けない声を出してしまった。
「何ボーッとしてんだ、大丈夫か?」
「あ、あぁ…ちょっと考え事してただけさ」
気を取り直して、もう一度コーヒーを口にした。熱い闇色の液体が胃に落ちていく。
どうかしてるな、俺……と笑ってコーヒーを飲み干したカップを置き、立ち上がる。
「ちょっと外出てくるから、客来たら待たせといて」
あてもなくブラブラ歩くと、すぐに大通りへと出た。
夕方近い店先は、道行く人に向けてアピールをすることに必死だ。
そこに連れられて来た子供たちは、ペットショップのウィンドウに釘付けで、きゃあきゃあ騒いでいる。
気になってチラッと見たら、ウィンドウの中でゴールデンハムスターが走り回っていた。
十数匹いる中の一匹が、四つんばいで必死にひまわりの種を口につめこんでいる。種をガリガリかじりながら顔を少し上げた瞬間、俺と目が合って驚いたのか、パッと立ち上がる。
ハムスターの顔は口の中、いや頬袋に詰められたヒマワリの種で大きく膨らんでいる。
顔の形が他のハムスターの1.5倍に大きくなって、なんとも間抜けな姿だ。
その姿に被るように、さっき夢で見た桂木の姿が思い出された。
ハムスターのように口いっぱいに食べ物を入れて、幸せそうに笑っていた。
その間抜けさと幼さが、うりふたつだ。
アイツ、今何食べてるんだろうなぁ、と考えながら俺は空を見上げた。
桂木のことを考えて見たからなのか、真っ白な雲がハンバーガーやらパスタやらアイスクリームに見えてきた。
本当に俺、どうかしてるかもな、と苦笑する。
と、その時ぐるると腹が鳴る音が聞こえた。
俺じゃない。思わず周りを見回したら、すぐ後ろに桂木が立っていた。
俺は驚きつつ、口を閉ざす。
「あ、やっぱり匪口さんだ」
目が合ってから、桂木は微笑んだ。両手にはチョコミントのアイスクリームが握られている。
どんな反応を返そうか戸惑っていたら、もう一度腹の鳴る音がした。今のも俺じゃない。
すると桂木は俺の方を見て顔を赤くした。
「あの…今、聞こえちゃいましたよね…?」
どうやら今のも、さっきのも、桂木の腹の音だったようだ。
俺は笑ってみせる。
「あぁ、今のもさっきのも。随分腹、空かせてるみたいだな」
「えっ、あっ……やっぱり、聞こえちゃったんですね…恥ずかしぃ…」
桂木は照れた顔のまま、誤魔化すためにチョコミントのアイスをぺろりと舐めた。
ひんやりとした甘い匂いが鼻をくすぐる。
「空きっ腹に冷たいモノ食べて、腹壊すんじゃないか?」
「でも…丁度持っていたのがアイスの引き換え券しかなくて…」
俺は納得して、桂木の腕を掴んで歩き出した。
確かココからなら、五分もかからなかったはずだ。
騒ぐ桂木を引きずる様に歩いて、俺はパン屋にやってきた。
この街で一番有名な、焼きたてのフランスパンが評判のパン屋、リースカだ。
「あのっ、匪口さん!?」
自動ドアをくぐると、香ばしいパンの香りが漂ってきた。店の中の棚には、沢山のパンが並んでいる。
「オススメのヤツ、適当に詰めてくれる?」
レジに立っていた女の店員に告げると、女の店員は営業スマイルを浮かべながらカウンターの外に出て来た。
ひょいひょいとトレーにパンを並べ、女は言った。
「1600円になります」
金を支払って店の外に出ると、すぐ近くに公園を見つけた。桂木は笑ってブランコに向かう。
俺もパンの入った紙袋を抱えて、桂木の座った隣のブランコに腰を下ろした。
キィ、キィとブランコを揺らす桂木を横目に見ながら、紙袋の口を開ける。
「食う?」
「いーんですか!?」
桂木の表情が明るくなった。渡した紙袋の中を嬉しそうにのぞきこみ、パンを一つ一つ袋の中から取り出しては確認していく。
メロンパン、クロワッサン、チョココロネ。そして、小さな女の子の形のパン。
「かわいい!」
桂木は思わず声を上げた。こういうところを見ると、桂木も女の子なんだなぁと思えて、面白い。
目線をそのパンにチラリと移すと、そのパンが少し桂木に似ていることが分かった。
「それ、桂木に似てるな、良く見ると…」
「えっ、そんなことないですって!
私こんなに可愛くないし…プニプニしてるのは似てるかもしれないけど…っ!」
「いや、そのパンも可愛いけど、桂木だって…その…」
俺はガリガリと頭をかいた。桂木の方を見ると、既にパンに夢中だった。しかも女の子の顔は桂木にかじられて、半分になってしまっていた。
苦笑しつつ顔を上げたら、空に浮かぶ雲が、また食べ物に見えてきた。ラーメン、餃子、生ハムメロン。
「あの雲、餃子みたいで、おいしそうですね」
ふふっと桂木が笑う。
「やっぱそうだよな、アレ餃子に見えるよな」
「えっ、匪口さんも、そう思ってたんですか?私たち、気が合うのかなぁ…?何か、ちょっと嬉しいかも」
「嬉しいって?」
「…あっ、何でもないですっ。パン、ありがとうございました。何だか私、いつも匪口さんに、ごちそうさせてもらっちゃってて…その…今度お礼させて下さい!パスタでも一緒に食べに行きましょうよ」
「いいよ、気にしないで。桂木が食ってるトコ見てて、本当に飽きないし」
「いや、そんなわけにいかないですって!今度、都合のいい日を絶対に教えて下さいね!」
強い桂木のまなざしに、俺は思わずうなずいていた。
桂木は笑って、もう一度「絶対ですからね!」と念を押した。
「じゃあ、私ちょっと行く所があるんで、帰りますね」
「あぁ、気をつけてな」
さよなら、と手を振って桂木は帰っていった。
職場に戻るかぁ、と立ち上がって空を見上げたら、本当にそっくりな、桂木に見える雲が浮かんでいた。
俺は、いつの瞬間から、こんなにも桂木のことばかり考えるようになってしまったんだろうか。
俺のつぶやきなんて気にも留めず、その雲は静かに流れていった。