ふいに立ち寄ったドラッグストアで切れていたシャンプーの詰め替えパックを手にした俺は、桂木と出くわした。
桂木はレジ前の化粧品売り場の棚を真剣に見つめては、あぁでもないこうでもないとぶつぶつ言いながらしきりに首をかしげている。
「桂木じゃん」
何も考えずに声をかけると、緑色のスカートを翻して振り返る。どうやら学校帰りのようだ。 棚には赤白きいろとカラフルな小瓶が並んでいる。
透明なケースに並べられたそれはまるで宝石箱のように華やかだ。
「買いもの?」
はい、と桂木はうなづいてニコッと笑った。
「匪口さんもですか?奇遇ですね」
俺の手にしたシャンプーを見やった桂木は再び棚に向き直る。
桂木の視線の先にはマニキュアの棚があって、右左と目を動かす桂木の表情は先ほどの渋いものに戻っていた。
オレンジの瓶を手にして目を細めては棚に戻し、黄緑の瓶をつまみ上げてはため息をつく。
こういう姿を見ると、桂木も女の子なんだな、と実感する。
帰るタイミングを失った俺はなんとなく桂木の横でじっとその様子を黙って見ていた。
いつもだったら五分で用を済ませてしまうのだが、もうかれこれ十五分は過ぎていると思われた。
桂木は相変わらず唇を突きだしたり引っこめたりしながら商品とにらめっこしている。
ドラッグストアで飽きずに何十分もいられるなんて、やっぱり桂木も女の子だな、と別の意味でうなづいた。
すると俺の動きに気がついたのか、桂木が突然声をかけてきた。
「匪口さん」
その顔があまりにも真剣だったから、俺は思わず遮るように謝る。
「あ、ごめん、邪魔だった?」
「私に似合う色って、どれだと思いますか?」
真剣なまなざしの桂木の手の中には、ピンクとオレンジと黄緑と水色の小瓶が握りしめられていた。
突然話をふられたことに戸惑いが隠せず、俺は一瞬口ごもってしまった。
「えーと……」
小瓶を握りしめる桂木の指先に小さくのった爪にそれぞれの色を当てはめていく。
ピンクは桂木の白い指にもちろん似合うし、オレンジはその笑顔にぴったりで、黄緑と水色はこれからの夏の季節に合っている気がする。
「どれも似合うんじゃない、かな」
ぎこちなく笑いながらも答えを返すと、桂木は小さく首をかしげて小瓶を見つめた。
どこか不満げな横顔に、俺は回答の仕方をしくったかと不安になる。
「じゃあ、聞き方変えますね」
桂木は手にしていた小瓶を全て元通りに棚に戻すと、今度はにこっと笑ってこう言った。
「匪口さんは私がどの色を塗ってたら好きですか?」
その仕草にどきりとして、俺は思わず目をそらした。
「きいろ、かな」
とっさに答えた俺の返事を受け取って、桂木は棚に手を伸ばした。
「きいろ、私も好きです」
「あ、でも、ほら、桂木だったら何でも似合うって俺は思ってるからさ」
レジに向かおうとした桂木の横顔にあわてて言葉をかけると、小瓶を見つめた桂木がそっと囁く。
「いえ、私もきいろがいいなって」
その表情にどきりとして、俺は何も言えなくなってしまう。
レジに向かう桂木の背について行きながら、桂木がその小さな爪に色をのせるのを想像していると、なんとなく胸が温かくなった。

「今度匪口さんにも塗ってあげようか?」
先にレジを通った桂木が唐突にそう言って微笑んだ。
なんて返事をしようか迷っていたら、冗談ですよ、と声に出して笑われてしまった。