私はまたひとつ歳をとった。
学校では友達がハッピーバースデーを歌ってくれたし、叶絵がお祝いとして学校帰りにケーキ屋さんに連れていくって約束してくれた。
心躍らせながら下駄箱を開けた、そんな時。私は自分の目を疑った。
下駄箱には、真っ白な紙の箱が入っていた。
誰かの下駄箱と間違えたのかと思ったけど、目の前にある靴は私のものに間違なかった。
どう見てもラブレターではないだろうし、バレンタインには場違いで、ホワイトデーにはちょっと早すぎる。次元爆弾…にしては小さい。
恐る恐る、腕を伸ばして手に取ってみる。
隣りで靴を履き替えた叶絵が「どうしたの?」と声を掛けてきた。
私は手の中の白い箱と叶絵を交互に見やってから、口を開く。
「なんか…入ってた」
「はぁ?何それ」
しばらく叶絵と目を見合わせてから、そっとフタを持ち上げてみた。
中身は、まぁるいバースデーケーキだった。
絞った生クリームと真っ赤なイチゴが綺麗に並んでいて、その中央にのっているチョコレートプレートには『ハッピーバースデー』の文字。
確かにこれは私に宛てられた物だった。
予想外の結果に取り落としそうになった私の隣りで、叶絵が目を丸くして
「すごい、モテモテじゃん、弥子!下駄箱にプレゼントなんて、先輩とかじゃない?ねぇ誰から?」
とまくし立てる。
だけどその時初めて、この贈り物にメッセージカードも差出人もないことに気がついた。
捨てるわけにも食べるわけにもいかないから、その箱を抱えたまま私はケーキ屋さんをやり過ごして家路についた。
夕焼けを見ながらコンビニの前を通り過ぎようとすると、自動ドアの向こうから見慣れた人が現れた。
「よ、よー桂木!」
ちょっと驚いた様子で手を上げた匪口さんは、私が小脇に抱えた白い箱をチラッと見ただけで、すぐに目をそらした。
「今から帰んの?遅いじゃん」
「さっきまで叶絵に誘われてケーキ屋さんに行ってて。匪口さんこそ、こんな時間に珍しいですね。今日お仕事お休みなんですか?」
私が喋っている間に、匪口さんの目線は箱に移っていた。
よっぽど箱が気になるのか、何か考えているようで私が口を閉ざしても箱を見たまま動かない。
気になるならいっそ聞けば良いのに。
「匪口さん?」
「え?あ、俺?俺は別に今日一日ずっと家にいたから腹へってコンビニ来ただけで別に大した意味なんてないから」
早口にまくし立てる匪口さんの目線は泳ぎながらチラチラ箱をとらえている。
やっぱり聞きたいみたいだ。どうにも気になってる様子。
「…あの、この箱、もらったんです」
私は匪口さんの話を断ち切るように告げた。
目を丸くした匪口さんの顔には、どうして分かったんだ?と書いてある。分かりやすい人だ。
「私、今日誕生日で…これ、中身はバースデーケーキなんです。カードもなくて、誰がくれたのか、分からないんですけど」
顔の側で箱を掲げて見せる。
匪口さんは動揺を隠そうとしてるけど、全然上手くない。
「へ、へぇ…カードを忘れるなんて、そんなドジな男がいるんだ。で、それ、桂木はどうすんの?」
「もちろん食べますよ。もったいないじゃないですか」
満面の笑顔で答えると、匪口さんは気が抜けた時に現れるあの笑顔を浮かべた。
「桂木らしい…。普通は差出人不明の食い物なんて怪しくて誰も食べないのに、度胸あるなぁ。毒が入ってたらどうするんだよ」
私はぷーっと膨れ、白い箱を見つめて反論する。
「食べ物に失礼ですよ、匪口さん。毒なんて入ってるわけないですよ。それに…差出人が誰であっても、プレゼントしてくれた気持ちに応えたいじゃないですか。他の人にとって何でもないはずの今日、私のためにケーキを用意してくれるなんて、優しくて素敵な人に間違いないですよ。こんな幸せなこと、ふたつとないと思うんです」
顔を上げると、目の前にあった匪口さんの顔は真っ赤に染まっていた。
匪口さんは慌てて顔を逸らした。
「その差出人も、桂木がそう言って食うなら喜ぶに決まってる。その差出人は幸せ者だよ」
差し込む夕日の光に、その横顔は照らされていた。
私は何となく恥ずかしくなって、誤魔化すように笑った。
すると匪口さんも照れくさそうに笑って、別れを告げた。
その夜、ケーキは無事に私のお腹に納まったが、結局差出人は分からないままだった。
何年も先、私が匪口さんの部屋の隅で一枚のメッセージカードを見つけるまでは。
『Dear 桂木
HAPPY BIRTHDAY!
来年も二人で祝いたい。好きだ。
By 結也』