どうやら俺は馬鹿になってしまったらしい。

ゴボゴボと流れる水を目の前にして口内に広がる後味に、気怠さと倦怠感が頂点を迎える。
俺は何がしたいんだ。
そもそもの原因は今日が土曜日だってことだったり、今日の正午に桂木からメールが来たことだったりする。
『いつかの約束を果たさせてください』
いつかの約束っていうのは、いつだったか覚えてないけど桂木が美味いパスタの店に連れて行くから覚悟しとけとかなんとか、ずっと前に言い捨てたことらしい。
俺は職場の片隅で椅子に浅く座ってガリガリと頭を掻いて、承諾の返事を返信した。
格別に腹が減っていた訳じゃない。ただ断るのが面倒だっただけだ。どうせ今日断ったところで、また明日の同じ時間に似た内容のメールが飛び込んでくるハメになるに違いないんだから。
そして予想を裏切らない展開によって俺は真昼のにぎわう駅前に出没して、客がごった返すイタリアンレストランに引きずり込まれることになった。
コト、と目の前に出された真っ白な皿には、こってりとクリームを身に纏ったカルボナーラが山盛りに盛られていた。
他愛もない話をしながら、生クリームの香りに俺は舌鼓を打った。桂木が推薦することもあって、値段、味ともに納得のいく料理だった。
ぺろっと目の前の皿を空にしてコーヒーを口にすると、桂木と目が合った。

「何?」
桂木は理由の代わりにふふっと微笑んで最後の一口をもったいぶるように味わった。
「………で、何?」
「いや、本当に匪口さんって美味しそうに食べるんだなぁって思っただけで」
力の入った右手から伝わった動揺が、黒い水面を揺らしていた。
「桂木には負けるよ。美味い物食べてるときの顔なんてあめ玉もらったガキみたいに満面の笑顔。俺は別に食べながら笑わないし」
「でも、幸せだなーって顔はしてるよ」
苦笑しか返せなかった。
味なんて分からない、なんて俺が言い出すことさえ桂木の笑顔は許してはくれなかった。
ただベタベタする液体にまみれた食べ物。きっと俺が次に一人であの料理を見た瞬間思い浮かべる評価はこんなところだろう。
フォークに麺をくるめて目の前に差し出されたとしても、顔をしかめて振り落としたくなる。ただ、それが桂木だったら話は別かも知れない。そう考え始めたところで、いつも俺は思考を止める。
何が違うと言いたいんだ。所詮そこにある料理は料理でしかない。
食い物なんて腹が空かなくちゃ胃の中で消化されない。俺の躰は食い物を前にして不快な感情とそれに伴う反応を示す。
喰ったら最後。時間差で体外へ吐き出すだけだ。
口元を濯いで職場に戻る。ぐったりしながら温くなったマズいコーヒーをすする。
意味のない行為なんてうんざりだと自覚してるはずなのに、今日で五回目を数えた。
桂木は、まだ気付いてない。俺もいい加減話せばいいのに、話せずまた次が来る。
明日、また誘いが来るかもしれない。そうしたら俺はまた同じことを繰り返すんだろう。

あの笑顔を見たいがためだけに。