さっきから桂木は、じっと窓の奥を見つめてる。俺なんか視界に入ってないって言わんばかりの真剣な眼差しだ。
それもこれもこの土地に伝わるユリシスっていう蝶のせいだ。
ガイドブックに必ず載ってるそのユリシスってやつは、みつければ幸せになれる蝶として語られている青い蝶。
桂木は列車の窓にかじりついて、窓の外の林に目を凝らしている。絶対見つけるんで!と言ったきり、俺を取り残してる。
そんなに幸せになりたいのかよと口を尖らせ目線の方向を合わせる。緑の森には蝶どころか鳥さえいない。
大体、見つかったとして、どうして幸せになれるのかが不思議だ。
運がいいってことでしょって桂木は言ったけど、それは見つけるとこまでの運であって最終的に幸せになるまでの運の良さには関係ない。
列車がガタンと揺れる。俺はため息とともに桟に肘を置いて頬杖をついた。
その瞬間、森の木々の陰にきらりと光る青い羽根が目に映った。瞬きをしたら、すぐさま景色と一緒に流れてしまった。
今のがそのユリシスってやつだったんだろうか。それとも何かの見間違いだったのだろうか。見間違いでもそうでもどっちでもいい。アレが本物だったなら俺が幸せになるってことだから…このまま桂木と結婚するとかそんな未来が来るんだろうな。俺が幸せになる代わりに、きっと桂木を悲しませることになるんだろう。
そんなんが幸せだというなら笑おうにも笑えない。
そんな幸せいらない。

見なかったことにしようと目を閉じた途端、桂木が「いた」と呟いた。
目を開けたら、嬉々とした表情で俺を見つめ、嬉しそうに笑った。
「匪口さん、今いたよね!」
どうやらみつけたらしい。そんなに簡単に見つかるんだったら安い幸せだな。見つかりにくいからこそ見つけると幸せになるとかいう運試しなのに。
「ラッキーだな」
そして、俺もだよとぽろっと口から無意識に零れた。
「匪口さんも!?良かったね!」
にこ、と満面の笑顔を向けられる。
「二人で幸せにいようね」
その一言に、一瞬ドキッとして思わず顔がゆるんだ。
俺はすでに幸せなのかもしれない。俺は今以上にもっと幸せになれるのかもしれない。
それとも不幸になるからこんなにも幸せなのかもしれない。でも未来がどうなろうが、今この幸せがあればいい。
蝶なんかじゃ作れない幸せを桂木が作ってくれるなら、俺は最高の幸せ者だよ。