「匪口さんって、あの字読める?」

くるっと振り向いた桂木の顔。くりくりした目が、まっすぐに俺を見つめている。
桂木の指差す先にはカレンダー。小さな黒と赤の数字が配列されている。
「何で?」
「たしか匪口さん、遠視なんだよね?遠視だと、近くの物より遠い物の方が良く見えるって聞いたから」
俺はくすっと笑う。ひたいに置いた眼鏡に指をかける。
「まぁね。でも…突然何だよ?」
「実は…今日学校の視力検査で、視力が落ちてるって言われて…あのカレンダーを見て、それを思い出して」
「あの文字、桂木には見えないんだ?」
桂木は、こくりとうなずいてみせた。
「ぜーんぜん」
無表情で告げた桂木を見て、思わず口元が緩む。
「じゃあ、明日が何日かも分からないんだ?」
すると桂木は、むぅと膨れた。
「明日は私と匪口さんが付き合って一ヶ月の記念日でしょ!」
忘れるわけないじゃん、と桂木の口からこぼれる。
「ごめんごめん」
からかう様に笑ったら、寂しそうな顔で桂木が俺を見ていた。
「マジで、ごめんって。からかっただけだよ」
「分かってる、匪口さんが意地悪だってことは…」

うるっと桂木の目が滲む。俺は浅く息を吐いて桂木の肩に左腕を置き、右腕で桂木の頭を撫でた。
見上げた桂木の顔は、ぼやけて上手く見えない。
なんだか癪にさわって、俺は眼鏡をかけた。桂木は涙で濡れた手で俺から眼鏡を外す。
「わざわざ眼鏡かけないで」
「だって桂木の顔、ちゃんと見たいんだよ」
桂木は軽く俺を上目遣いで睨んでから、口を開いた。

「私だって匪口さんの顔、ちゃんと見たい」
しゃくりあげた桂木を目の前にして、俺は歯がゆさを止められずに桂木の肩に腕を回した。