「この前の十五夜が芋だったから、今日の十三夜は豆で会ってるんだよね?」
両手を突き出したツッキーの手元に枝豆の乗った平皿を差し出した瞬間、不安になった俺はそう尋ねていた。ツッキーは俺の手から受け取った皿を確かに手にしながら、あきれた表情で俺を見た。
「今さら?」
軽く鼻で笑ったようにも見えたツッキーの反応に少し傷つきながらも、その反応じゃ間違ってはいないんだな、と俺は確信を得ていた。今日は十三夜、ツッキーと二人でお月見するのも、もう何度目になるのか自分でもよく分からない。でもせっかく二人で暮らすようになってから初めて迎える季節なのだから、と気持ちを新たに、ツッキーと二人で、お月見というものをやってみようじゃないかと俺から提案した。つい先月の十五夜にはススキと合わせて里芋を用意し、部屋の出窓のほんの少しのスペースに並べて飾ってみたのだった。その時はその出窓からちょうど月が綺麗に見えたのだけれど、ひと月が過ぎた今日の十三夜の月は、どうやら時間と位置がうまく合わないのか、今夜の月は、ベランダに続く大きな窓越しからでないと見上げられないようだった。せっかくなら、と話し合った結果、俺たちはカーテンを開けた窓の前にススキを差した花瓶を置いた。ツッキーはその花瓶の脇に、さっき俺が手渡した枝豆の乗った皿を並べて置くと、それを前にして腰を下ろした。カーペットのないむき出しのフローリングの床の上に座り込んだツッキーが、窓越しに月を見上げて声を漏らしていた。
「今日はよく晴れてる」
その呟きに誘われるように、俺も窓際まで近づいてツッキーの隣で腰を下ろした。十五夜の時は雲の端から出たり入ったりしていた月が、今夜は雲のない夜空の真ん中で、静かに光り輝いている。
「やっぱり十三夜の方が天気、良いんだね」
いつだったかツッキーが教えてくれたことを思い出し、俺は目を細めていた。十五夜は秋雨の時期で天気に恵まれることが少なく、反対に十三夜のころは秋晴れになって綺麗に見られる確率が高い。それは、それこそ何百年も昔からずっと言われていることのようで、ツッキーから教えてもらった時の十三夜の月も、本当にきれいに見えて感動したことを俺は今でもよく覚えている。
満月ではないけれど、ほぼそれに近い形の丸い月を見上げ、俺はこれまで毎年見上げてきた月の姿を思い返すと同時に、その時となりにいたツッキーの横顔の光景も、一緒に思い出そうと振り返っていた。そのどれもが美しくて、いつだって月を見上げるツッキーの横顔は、声をかけるのも躊躇ってしまいそうなほど繊細に見えていた。今夜のツッキーの横顔はいったいどんな光景だろうか、そう思いながら横目で見てみれば、ツッキーは目の前の花瓶にささっているススキの束に目を向けながら、そして何かが気になるのか、指先でその数本をつまんでは左右に揺らしていた。
「どうかした?」
「いや、別に。子供のころ読んだ絵本に書いてあったことを、思い出しただけ」
「絵本?」
そう、と肯定したツッキーが、懐かしそうに微笑んだのが分かった。
「月に唯一咲いているのはススキの穂だけで、だから月の住人たちからは、とても大切な花として扱われている。その証拠に、月では、好きな相手にプロポーズするとき、決まってススキの花を相手に向けて差し出して、受け取ってもらえたなら了承の返事の代わりにする、って、そういう話だったはず」
ふぅん、とうなづきながら、俺は、あ、と気づいて声を上げた。
「だからお月見は決まってススキの花、なのかな」
「まぁ、その絵本の結論も、そんなところだったと思うけど」
そう言いながらツッキーは、花瓶にささっていたススキを一本抜きとった。そしてそれを少しの間見つめた後で、ふっと唇の端を緩め、その穂を俺に向けて差し出してみせた。
「僕がこうやって、お前に向けて差し出したら、山口は、受け取ってくれたり、する?」
さっきの話を聞いたばかりの今だから、つまり、これはそういう意味でしていることなんだろう。そう受け止めた俺は何故か急に緊張を覚え、そして、それならば、と生唾を飲み込んで右手を伸ばしていた。
「も、もちろん、ありがたく、受け取らせて、」
「ちょっと、そんな真面目に答えすぎないでよ、ただの冗談、話の流れで聞いてみただけなんだから、そんな真剣に重たく考えないでくれる?」
え、と気が抜けた俺と、困った表情のツッキーと目が合った。
「冗談、なの? どこまで?」
「どこ、って……僕は月の住人じゃないから、ススキで嬉しいとは思わないけど……まぁ、似たような質問の答えは、別に、今すぐじゃなくても、って」
「じゃあツッキーは、反対に、俺が差し出したら、受け取ってくれる?」
考えなしに、気づいたら口から言葉が飛び出ていた。俺は花瓶から一本引き抜いたススキを、ツッキーに向けて差し出していた。目が合ったツッキーの唇が、ふ、と閉じられ、わずかに力がこめられたのが分かった。あ、と思った瞬間、困らせてしまった気まずさを誤魔化すために、俺は手に取ったススキと合わせるように、ツッキーの手の中にある一本をスルリと引き抜いていた。それだけでは足りない気がして、そのままもう一本、二本と、花瓶の中からさらにススキの穂を引き抜き、手の中で合わせると、すぐさまそれらを絡ませるように、俺はススキの穂を編み始めていた。昔、何かのきっかけで教わった方法を思い出しながら、ススキの茎にあたる部分を結び合わせ、気づけば俺は、直径二十センチほどの花輪を作り上げていた。
出来上がったススキの冠を、俺は黙ってツッキーに向け差し出してみせた。ツッキーはススキの冠と俺の顔を交互に見やってから、戸惑った様子で口を開いた。
「これを、どうしろ、って……?」
「えっと、その……ツッキーに、似合うかな、って。ほら、ススキ一本だけだと寂しいし、ススキの色って、ツッキーの髪の色と相性よさそうだなぁ、とか、思ったり思わなかったりして、だから、ためしに、作ってみたりしようかな、なんて」
ごにょごにょと話し続ける俺の言葉に、なにそれ、とつぶやいてツッキーが笑った。
「じゃあ、好きにすれば」
ほら、と口にしたツッキーが、うつむくように、俺に頭を差し向けた。普段あまり見ることがないツッキーのつむじを見下ろして、俺は手にしていたススキの花冠をそっと、その上へと乗せて手を離してみた。確かに乗ったススキの冠は、滑り落ちることなくすぐに安定したようだった。
すっと首を引いたツッキーが俺を見る。
「これで満足?」
ススキの花冠を頭に乗せたツッキーの顔を、窓から差し込む月の光が照らしていた。ふわふわとしたツッキーの髪の毛の隙間からのぞき見えるススキの柔らかな穂の部分が、まるで結婚式のベールのように空気をまとって軽やかに揺れていた。
「うん、すごく綺麗」
目を細め微笑んだ俺に対し、ツッキーが、気まずそうな顔で目をそらす。その頬から耳のあたりが赤く染まっているように見え、俺は胸のあたりがくすぐったくなってくるのを感じていた。むずがゆさを誤魔化すように顔を上げると、窓越しに光る月が本当に美しく光っていて、まるで俺たちのことを見守っているかのように輝いていた。