破裂音に導かれるように、俺とツッキーは夜の空に掲げた缶ビールと缶チューハイで乾杯をした。ぐっとビールをあおった俺に合わせて、ツッキーもごくりと飲み下す。夏の空にパッと開いた光の華に目を向けながら、俺は大きく口を開いていた。
「たーまやー!!」
 赤や黄色の光の粒はキラキラと瞬きながら、開いた時とは反対に、音もなく夜の暗闇へと溶けるように消えていく。どこからか涼しげな風とも言い切れない空気の流れが、汗ばんだ肌を冷やしていった。
「今日、思ったより涼しくて気持ちいいね」
 ん、とうなづきながら、ツッキーはご機嫌な表情で、つまみのチーズを片手にちびちびアルコールを口にしていた。そんなに早いピッチで大丈夫だろうか、なんて心配をそのまま口にしたら、きっとツッキーは一瞬でむくれ顔になってしまうだろう。まぁ明日は幸い、俺もツッキーもお互い何の用事もない日にしてあるんだから、少しくらいは飲みすぎても何も問題はないか。そんなことを考えた俺も、ついつい、つられていつもより多めの一口を喉に流し込む。視線の先で大きく開いた花火に目を見開いて、俺は思わずツッキーを振り返った。
「今の、すごいね、ツッキー、ちゃんと見てた?」
「見た見た」
「あんなの初めてだよね? こう、最後バラバラ、って光ったのもすごかった」
「それは去年にも、似たようなのが上がってた気がするけど」
「え、そう? あ、ほら、また」
 ベランダのてすりに片手をつき、俺は指をさす。地上数十メートルの高さにある部屋のベランダからは、決まって例年の花火大会が何に邪魔されることもなくよく見える。昔はツッキーの実家の縁側によくお邪魔して、毎年決まって二人で花火を見上げていたけれど、ここで二人で暮らすようになってからは、このベランダが俺たちの特等席になっていた。高さは花火を眺めるうえでは肝心なところで、実際、ベランダから見渡せる範囲にある建物のいくつかの窓や通路からは、俺たちと同じように、花火大会を見物しようと顔や体をのぞかせている人たちの姿は毎年、必ず決まって、十人以上は優に数えられた。
「今年もきれいだね」
 手すりによりかかって眺める俺の肩に、こつん、と何かがぶつかってきた。目線を向ければ、そこには、すっかり緩んだ表情で花火を見上げるツッキーの肩があって、俺の身体にその体重を預けようとしているところだった。その様子に、俺はやっぱり、と密かに息を吐いた。
「ツッキー、もう、眠い?」
 気づけばツッキーの手の中には、三本目のチューハイの缶が軽く握られていた。重そうな瞼を必死に開けたままにしているツッキーの横顔が、まだ大丈夫、と強がりを告げる。俺はその様子に苦笑しながら、同じく三本目のビールの残りを一気に飲み干していた。
 視線の先の空には、まだまだ途切れることなく大きな花火が打ち上げられている。もう少しでクライマックスだろうか、というところで潰れてしまっては、ツッキーも後で残念に思うだろう。
「お水、飲む?」
 尋ねた俺に対し、返事の代わりと言わんばかりの様子で、ツッキーの左手が俺の右手を取った。答えはノー、離れるな、という意味だ。指先を絡められ、強く握りしめられる。その手は日中の夏の火照りとアルコールの熱を含んで、とろけるような温度で俺の指先に、まとわりついていた。これは相当酔いが回って眠たくなってるな、と思いながら、俺は、ツッキーの耳元に囁いた。
「お風呂、いつでも入れるように用意してあるよ。花火が終わったらすぐ入って、寝られるように」
 ツッキーはとろん、とした目で俺を見た。その緩んだ顔つきに、条件反射のように疼きそうになる衝動を感じたけれど、俺はぐっとそれを飲み込んでいた。べったりと身体を摺り寄せ、今度はツッキーが囁いてくる。
「この後、さっさと寝るだけなんて、そんなのもったいない、って思ってるのは、もしかして、僕の方だけ?」
 散々飲み干したアルコールとフルーツの甘い香りにツッキーの吐息が合わさって、俺の鼻先をくすぐった。花火から視線を逸らした俺と目を合わせたまま、ツッキーは不敵な笑みを浮かべてみせた。
「明日は、二人とも、昼まで寝てたって問題ない日、じゃなかったっけ?」
 明らかに今俺はツッキーに誘われてる、と悟った瞬間、つまらない理性は一瞬で消え去っていた。つないだ手の指の先に力をこめ、俺はツッキーの顔をのぞきこむように距離を縮めてキスをしていた。ツッキーは待ち構えていたように俺の舌先をすくいとると、その舌に残った甘さをこすりつけるように、深く絡めた舌を動かしてきた。だから俺もお返しするように、ざらつく表面を押し付けるみたいに、ゆっくりと大きく何度も舌の先をこすり合わせていた。
「苦い」
 口を離したところで、ツッキーは顔をしかめて短く、それだけをつぶやいた。こっちのビールの味も伝わったんだ、と思うと、身体の奥で何かがゾワゾワするような、そんな感覚が湧き起こってきた。
 ツッキーと手をつないだままクライマックスを迎えた花火の連発に目を向ける。これが終わったらどんな風にツッキーの身体に触れようか、そんな想像で俺の頭の中はどんどんあふれていった。
「じゃあツッキー、花火終わったら、お風呂、一緒に入ろっか……!?」
 騒がしく打ちあがる花火を横目に、俺は尋ねていた。ツッキーはこちらの顔をのぞきみるように目線だけを向け、そして、その目で俺のことを心底冷ややかな様子で睨みつけていた。
「それは嫌なの?」
「嫌に決まってるでしょ、あんな狭いところで」
「だったら、シャワーだけでも、」
「バカみたいなこと言ってると、最後、見逃すよ」
「え、あ、ほんとだ、ってツッキー話逸らすの下手になった? ねぇ、」
「あーもう、うるさい、……ほら、今見逃したら、来年までお預けになるけど、それでも良いの?」
「えっ、お預けって、ツッキーが?」
「花火に決まってるでしょ、ああもう、だから、ほら、」
 指を差された先の夜空に、数えきれないくらいの光の粒が放射線状に丸く弾けて輝いていた。毎年見ているとはいえ、終盤の華やかさはやっぱり圧巻としか言いようがない。思わず目を細めた俺は、おとなしく黙って続きを眺めることにした。夜の空はすっかり照らされ、明るすぎるくらいに灯されていた。その美しさに息を吐きながらも、つなぎ続けたままのツッキーの手から伝わる熱と汗ばんだ肌の感触に、やっぱりどうしても、俺の頭の中はこの後のお楽しみの想像ですぐに埋め尽くされてしまうのだった。
 ツッキーのこういうところがズルいんだよなぁ、と俺が吐いた息に合わせるかのように、音もなく最後の花火が夜の空に溶けて消えていこうとしていた。