消灯、の一声で真っ暗になった部屋でようやくうとうとし始めるまで一時間くらいはかかったと思う。真っ暗な部屋の中で同じ一年か先輩の誰かか分からないけど、野獣のようないびきが聞こえる。俺の左隣り、部屋の一番隅の布団にはツッキーが横になっている。ちょうど足先の布団には日向が、ツッキーの足先に影山が寝てるわけだけど、いくつかのいびきのうちひとつは足元から聞こえてくるから、きっとどっちかがいびきをかいている。
 抑揚のあるいびきの合間に、ツッキーが寝がえりを打つ音がした。重い瞼を上げてみると、こっちに顔を向けているツッキーと目が合った。そう思った瞬間、二度の瞬きの後に顔をそらされる。もしかしたら、とは思っていたけれど、やっぱりまだ寝てなかったんだ。
 寝がえりのふりをしてツッキーの方に体をよせる。逃げるようにツッキーの体がもう一度寝がえりを打って向こうを向いてしまう。
「ツッキー」
 他の部員に聞かれないように、ものすごく小さな声で呼んでみた。少しの間を空けて、ちらっとツッキーの目がこっちを見てすぐに元に戻った。音をたてないように少しずつ距離を縮めていく。ツッキーの布団の端に手が届いて、俺はそっと左手を伸ばした。
 ツッキーは昔から真っ暗な部屋で眠れないんだと、ふとしたきっかけで本人から聞いたことがある。ツッキーはそれを子供のころからの治らないクセみたいに、恥ずかしいと思ってるのかあんまり人に話そうとしない。今までも泊まりの学校行事では隠して黙ったまま我慢して体調を崩すことがあったらしい。だから今回も誰にも話さず、このまま朝まで過ごそうとしてるんだろう。
 眠れない理由を、ツッキーは話してはくれなかった。もし俺のおせっかいで、全然解決にはならないかもしれないけれど。俺はゆっくりツッキーの寝ている布団の中に手を入れた。布団の中はあったかくて、意外と近いところにツッキーの背中があった。指が届いた瞬間、ツッキーの肩がびくりと震え、突然俺に振り返った。思わず手をひっこめる。俺の顔を見るツッキーの目は鋭く睨んでいた。
「何」
「ごめん、ツッキーが寝れるようにと思って、俺……」
 ツッキーの目が冷めていき、俺から離れる。横顔から、さっさと寝ればいいのに、という声が聞こえる気がした。
「どうすれば、いい……?」
 このまま離れるのも心配だけど、俺が近くにいることが逆効果ならそっとしてあげたい。どっちがいいのか、迷った後で声が出た。ツッキーのため息が聞こえる。
「手」
 え?と聞き返す間もなく、ツッキーの手が俺の布団に入ってくる。
「左手」
 そう言いながらツッキーの手が俺の布団の中の一角をたたいて示した。俺は言われるがまま左手を伸ばす。ひやりと冷たい何かに触れたと思ったら、それはツッキーの右手で、何も言わずに左手を握られた。反射的に握り返すと、ツッキーの指から力が抜けていくのがわかった。
 握った手の感触に意識を集めていると、冷たくかたくなった手や指がほぐれていって、温かくやわらかくなっていった。ふにふにとした大きな掌と長い指に、こっちまでほっとしてすぐに欠伸が出た。しばらくしてツッキーの静かな寝息が耳に届いて、そう思ったところで記憶が途切れた。
 夢の中でも、俺はツッキーの手を握っていた。ツッキーは俺の顔を見て照れくさそうに、離して良いけど、とか、手疲れない?とか言うんだけど、一向に自分から離そうとしないどころか、ぎゅっと握ってくれた。だから俺も幸せで笑顔になって、もっとぎゅうっと、でもツッキーが痛くならないように気をつけながら握り返した。
 目が覚めても左手はツッキーの右手と繋がっていて、まだあの夢が続いてるんじゃないかって疑うほどだった。