コーラにオレンジジュースにポテトチップス、普段は食べないスナック菓子と氷を浮かべたグラスとドリンクを並べて、いざ映画の再生ボタンを押そうとした瞬間、山口が「あ」と声を上げた。
「何?」
しかめ面で振り向いた先、隣に座っていたはずの山口はすでに立ち上がり、何かを思い出した様子でキッチンへと向かっていく。リビングのテーブルの上も、目の前のテレビの画面も準備は万端だというのに、まだ何が足りないというのだろう。こうしてお互い、時間を気にせず家でのんびり過ごせる休日は、見逃していた映画の過去作を見るのが恒例になって久しく、目の前に広がっている光景は、その時の必需品がすでに揃っているというのに。
慌てて向かった様子から、すぐに戻ってくるかと思って座って待っていたが、その山口はなかなか再び姿を現すことはなかった。三分、五分ほど経っただろうか、さすがに何かが起きたのではないかと心配をし、こちらも仕方なく立ち上がってキッチンへと向かう。
覗き込んだキッチンでは、電子レンジを覗き込む、落ち着かない様子の山口の姿があった。何をしているのか、と声をかけようとした矢先、その電子レンジの扉の内側から、何か花火のような破裂音が響きだしていた。バチバチとけたたましい音の連続に、
「何やってんの」
思わず声をかければ、驚いた様子の山口が、こちらを振り返る。その手には、文庫本よりは少し大きめの開封済みのパッケージが握られている。それに目を凝らして近づけば、僕の視線に気づいた山口が、サッとその背に隠そうとする。
「いや、これは、その」
その間にも、稼働している電子レンジの庫内からは、バチバチと鈍い破裂音が連続して聞こえていて、何事かと覗き込めば、白っぽい袋が電子レンジの中で大きく膨らんでいるのが見えた。オレンジ色の照明灯に浮かぶ袋には、印字されたポップコーンの文字。
「また余計なもの買ってきた、ってわけ」
隣に立つ山口にジロッと睨みを利かせれば、観念した様子で隠していたパッケージの袋を広げて見せた。
「映画を観るのに、出来立てのポップコーンがあったら、ツッキー喜ぶかなぁ、って思って」
電子レンジだけで出来るキャラメルポップコーンのパッケージ片手に言い訳を告げられた途端、チン、と過熱終了の合図が電子レンジから発せられた。あ、と嬉しそうに目を見開いた山口が、そそくさと電子レンジの扉の取っ手に手をかける。山口の手によって開かれた扉の内側から、甘いキャラメルのプン、とした匂いが鼻先まで広がってくる。
あちち、と声を漏らしながら、山口が取り出した袋の封を開ける。ぶわり、と何倍にも広がったキャラメルの香りと共に、キッチンテーブルの上に用意されていた深皿の中へと、小ぶりなポップコーンの粒が山盛りに注がれていく。熱せられた紙袋の内側で、熱せられたキャラメルのソースがパリパリと音を立てて、細かく砕けていく気配がする。
「おぉ、ちゃんとポップコーンだ」
歓喜の声を上げた山口がニコニコしながら、空になった袋の内側を覗き込む。いくつかキャラメルと共に袋に残った粒があったのか、中に入れた指先でつまみ上げたソレを、素早く口へと放り込んでいく。
「うん、ちゃんとキャラメルの味がする」
そりゃそうだろう、と胸の内で反論しているこちらの目線に気が付いたのか、
「ほら、ツッキーも食べて、あったかいうちに」
山盛りになったポップコーンの皿を指し示される。うながされるまま、ひとつ、手に取って、口の中へと放り込む。ふわりと軽いポップコーンの食感と、ほんのり甘いキャラメルの味が口の中へと広がって、すぐに溶けていく。映画館や遊園地で時たまに出会う、出来立てのポップコーンの持つ、とうもろこしの甘さと温かさに、自然と口元が緩んでいく。
「出来たて、って、やっぱり、美味しいね」
目ざとく見逃さずにいた山口がドヤ顔で指摘してくるものだから、それが、少し癪に障った。いつもポップコーンは決まって塩味を買う山口のはずなのに、こうしてキャラメル味のポップコーンの元を買ってきたのは僕に対しての恩着せがましさというものか。たしかに自分は、映画館ではいつもキャラメルの方を選びがちではあるけれど、塩味では嫌だと口にしたことは一度としてないはずなのに。
無意識にもうひとつ、さらにもうひとつ、と口にすれば、それはポップコーンという食べ物の特性で、自然と手が止まらなくなる。映画を観る前に食べつくすわけにはいかない、と思った矢先、ガリっと口の中で固い何かが割れた感覚がした。瞬間、かすかに広がる、わずかな苦味に顔をしかめる。見れば一部とはいえ、キャラメルの色が黒く焦げた粒があるようだった。
「時間、次は、ちょっと短めにした方が良いかも」
ぺ、と舌先を出した山口の指先には、真っ黒に焦げたポップコーンの粒が摘まみ上げられていた。袋に残っている何粒かは、見ただけで焦げていると判断できるものも少なくない。さらに、目を凝らさずとも皿の中には、膨らんだポップコーンの粒に混じって、弾けないままのトウモロコシの粒も見受けられる。
「結構、残っちゃうんだね」
じっと覗き込むこちらにつられて皿を見つめた山口が声を漏らす。何でだろう、と首を傾げて聞いてくるので、さぁね、とだけ返事をした。
「電子レンジの限界、ってヤツじゃないの」
うーん、と考える仕草の山口は脇に置いてあったパッケージを再び手に取り、裏面の説明をじっくり読み返しているようだ。
「でも、ちゃんと量できるし、美味しいし、電子レンジでコレなら『有り』だよね」
ニコッと満足げに笑った山口は気を取り直したようで、パッケージと内袋を丸めてゴミ袋に放り込むと、嬉しそうに両手で皿を掲げながらテレビの前へと戻っていった。
「これで、よし」
テレビの前のテーブルの様子を目にした山口は、ようやく気が済んだ様子で、僕がソファの隣に腰かけるのを待ってから、映画の再生ボタンを自ら押した。配給会社のロゴマークを眺めながら、皿に積まれたポップコーンのひとつを口に入れる。
「次は塩味のポップコーンにして良いから」
隣にいる山口に聞こえるであろう声量で呟くと、嬉しそうな気配をダダ洩れにした山口が視界の端で僕の顔を見てきたのが分かった。
「お月見しようか JUNE BRIDE FES2024」の差し入れとしてお配りしたカードに添えたSSとなります。
差し入れの電子レンジで作るポップコーン(塩味とキャラメル味セット)とあわせて、当日はお渡ししました。