速度を落とすと共に揺れの大きくなったバスの中で、目を開ける。見れば目的地である高校のグラウンドの一つ手前、いつも登下校で行き来する学校の前の坂道を、ちょうど、ゆっくりと上ろうとするところだった。バスの中では、今日一日ずっと練習に明け暮れて筋肉の疲労と共に睡魔に襲われていた部員が、まだ数人眠りの世界から帰ってきていない様子を漂わせていた。目が覚めているのは、自分と、前方に座る三年生と先生たちと、左斜め前に座っている縁下さんくらいなものか。隣に座る山口は口を開けたまま眠りつづけているし、座席越しに後ろから聞こえてくる獣のような寝息は、たしか後ろの席に座ったであろう変人コンビのソレで間違いないだろう。
 全身を襲う倦怠感が、今日の練習試合で酷使した筋肉の疲労を訴えてくる。普段の練習以上に、試合となると使う筋肉が異なるのか、使い方が変わってくるのか、どうしても普段とは違った種類の疲労が蓄積されていく。今夜はしっかり寝る前にストレッチすべきか、などと考えているうちに、バスは見慣れた校舎を横目に、職員用の駐車場へと停車していた。
「着いたぞー、まだ寝てるヤツがいたら起こせー」
 主将とコーチの掛け声で何人か目が覚めたのか、さっそく、後ろから、
「おい、早く降りろ」
「忘れ物が無いか確認してたんですー、そんなのジョーシキ、ってやつだろ〜」
 さっきまで寝こけていたはずの変人コンビの小競り合いが、もう始まっている。バタバタと慌ただしく立ち上がった二人の気配を無視しつつ、隣にいる山口を横目に見れば、まだその目はしっかりと閉じられたままだった。ああ、これはダメなやつだ。
「月島、山口起こせー」
 前方から座席越しに見やった菅原さんの声が飛ぶ。分かってます、と心の中で返事をしながら、寝ている山口の肩を叩く。
「おーい」
 ぺしぺしと肩や、おでこのあたりを手ではたいてみるが、山口はムニャムニャと生返事を繰り返すばかりで、一向に起きる気配がない。やっぱり、と思いながら、その肩を掴み、大きく揺すってみる。
「こりゃ熟睡だな」
 一つ前の席から首を伸ばした東峰さんが、はは、と苦笑する。はい、と肯定した瞬間、こちらの手が止まった隙を狙うかのように、船を漕いだ山口の口元が、閉じると同時にむずむずと動き出す。
「ううん……からあげ、美味し……ね」
 それからニヤリと頬を緩めた山口の様子に、覗き込んでいた誰しもがつられて笑う。そういえば今日の昼食は、相手校の保護者から好意で差し入れしてもらった、山盛りのおにぎりとから揚げだった。揚げられて間もないから揚げの美味しさに、部員全員が歓喜の声を上げたのは、まだ記憶に新しい。たった数時間前の光景を思い返していると、同じく山口につられて思い出したであろう誰かの胃袋が、バスの中で空腹を訴えた。
「おーい、山口、起きろー」
 遠巻きながら、先輩たちが声をかけてくれても、山口はまだ起きる気配を見せない。それどころか、何故か、ニヤッと口角を上げ、そして、こう口から漏らしていた。
「美味しい、から、食べさせないと……つっきぃにも」
 急に名前を口にされ、どきりとする。どうやら夢の中の山口は、昼のから揚げ片手に僕を探しているようだ。なんて間抜けな夢なんだろう、と呆れていると、側で見ていた先輩たちが笑い声を漏らしていく。隣にいた田中さんが破顔しながら、耐え切れない様子で僕の肩を叩いてきた。
「おい月島、お前、山口に大事にされすぎだろ」
 はい、知ってます、と応えると、今度は田中さん含め、その場にいた先輩たち全員が目を丸くする番だった。何をそんなに驚くのだろう、と首を傾げながら、山口に向き直り、その頬を軽く叩く。
「どこ……つっきぃ……」
 寝ぼけた様子で軽く目を開けた山口と、ようやく目が合う。いい加減起きろ、と胸のうちでトゲトゲしく告げる。僕ならここにいるんだから、さっさと夢の世界じゃなくて、こっちで僕に会いに来いよ、と。
 その目を擦り、ようやく見開いた山口の両目に自分のシルエットが映り込む様を見届けると、山口は、ホッとした様子で、へにゃりと笑ってみせた。
「あ、ツッキー、ここにいた」