ひときわ大きく揺れた座席の振動に、目を開く。視界には見慣れたバスの車内の光景が広がり、並んだ座席の隙間から、見覚えのある後頭部がいくつか覗き見えている。瞬きをいくつか繰り返し、シートに投げ出した自分の身体の、さまざまな筋肉が疲労を訴えてくる感覚に、そうだった、練習試合の帰りなのだ、と思い出す。
 自然と浮かんできた欠伸を噛み殺す。どうにも自分の身体がシートの角度から妙にはみ出しているのではないかと気づき、視線をさまよわせると、頭を載せたシートの部分がやわらかく上下する感覚がした。ハッとして目を開けば、隣の席に座っている山口と目が合った。
「あ、ツッキー起きた」
 揺れるバスの振動をそのまま受け取って広げたような山口の言動は眠気に満たされていた。どうやら今の今まで、眠っている間に山口の肩のあたりを枕にしてしまっていたようだ。小さく謝罪の意を口にすれば、へにゃりと顔を緩ませた山口が、こう告げる。
「いいよぉ、だって俺よりツッキーの方が何倍も疲れてるはずだから」
 その声にはどこか自虐めいた響きさえも含まれていて、正直あまり耳障りのよいものとは受け止められなかった。
「なにそれ」
 思わずトゲのある声を返してしまえば、相変わらずふにゃふにゃとした顔つきの山口が、欠伸交じりに言葉を続ける。
「だって、ツッキーは今日も大活躍だったから」
 俺とは違って。と、全く声には出しはしていない山口の本音が、ありありと聞こえてくるようだった。その言葉と表情に、軽い苛立ちを覚え、わざとその肩に体重を余計にかけてのしかかる。
「ツッキー、重いよ」
 どうせ今のこの瞬間に山口の言葉を自分が否定したところで、山口はさらなる打消しの言葉を口にするだけに違いない。押し当てるように頭を左右に振れば、何が可笑しいのか、ころころと眠そうな声のまま山口が笑った。
「次は、そっちの番だから」
 僕の顔を覗こうと、こちらに首を向けた山口が、「え?」と小さく聞き返す。
「そっちが今度、大活躍して疲れ切ってたら、次は山口が寄りかかってきて良いから」
 言い終えて、そっと目を閉じる。これ以上聞き返されても気まずさを覚えてしまいそうな予感に加えて、まだ溶け切っていない疲労による眠気が、両のまぶたを重たくさせていた。
 ふふ、と山口が笑ったような気配がして、触れている肩がほんの少し、揺れた気がした。
「そんな日が来ると良いなぁ」
 まぶたの内側の暗闇で囁かれた山口からのつぶやきに、眠りの縁で言葉を返す。
「来るに決まってるでしょ……お前なら」
 そう信じている。と、続く言葉を口にするには、大きな何かが自分には欠けていた。声にならない山口の声が、遠ざかる意識の中で、触れている体温を通して伝わってくる気がした。
「それなら俺は、ツッキーと二人、お互いにお互いを支えて寄りかかりあっていられたら……その方が、何百万倍も嬉しいなぁ」
 まるで夢物語を紡ぐような山口の反応に、何を言っているんだよ、と鼻で笑う。一番近くで見てきた僕が確信していることを、何で当の本人が否定できるんだよ、と。