車を走らせて郊外へ三十分、山のふもとの開けた場所に並ぶビニルハウスのひとつに、見覚えのある立て看板が立てられていた。ネットで見ていた最新のビニルハウスの中は土臭さも薄く、どこを見ても明るさに満ちた空間は、清潔さで溢れていた。料金を支払って中へと入れば、開園したばかりのイチゴ農園は人の腰の高さにイチゴの苗が並べられるよう、良く見る会議机の高さに似た、足の長い台座の上に、びっしりと青々とした葉の茂るイチゴの苗が一面に植えられていた。
「わぁ、ネットで見たとおりだ……!」
 光が満ちた明るいハウス内には、俺とツッキー以外にも数組のカップルと親子連れが既にイチゴ狩りを先に楽しんでいて、俺は隣に立っているツッキーの顔を見上げて、満面の笑みを浮かべて言った。
「ツッキー、まずはどこからにする?」
 並んでいるイチゴの苗には数えきれないほどの赤い実がぶら下がっていて、どれも遠目でもツヤツヤと輝いて見えている。台座の近くには、それぞれのイチゴの品種を説明した解説文が書かれていて、良く見れば、遠くの列には白っぽい実を大きくつけている苗の列もあるようだった。
「あの白いのとか、よくテレビとかで紹介される甘いやつだよね? あれにする?」
 受付で手渡された透明なプラスチックの器を片手に俺が振り返れば、同じく容器を手にしたツッキーが一歩、俺を追い越してイチゴの列へと近づいていく。苗から下がる大きなイチゴの実をひとつ手にすると、ぷちんと摘んで口へと運ぶ。
「ぐるっとひと通り食べてから決めても良いでしょ」
 真っ赤なイチゴを頬張りながら、そう口にしたツッキーはすかさず次の一粒へと手を伸ばす。手に残った緑のヘタを容器の中にポイっと放り込んで、満足そうに目を細めている。
 そうだね、とうなづいて、俺も一つ選んで手に取ってみる。ツヤツヤと光る完熟のイチゴは見た目以上に、ずっしりと重い。時間制限は無いとはいえ、せっかく来たんだから、どんどん食べていかないと何だかもったいないような気もする。手にしたイチゴのヘタを摘まみ、千切り取ってから口にする。じゅわりと口の中いっぱいに、イチゴの甘い果汁が広がっていく。
「甘……っ! 甘いね、ツッキー!!」
 スーパーで買ってきて食べるイチゴなんて比べようがないほどの甘さに、自然と目が見開いていく。その視線の先では、ツッキーが隣の品種の列へと移動していて、ひとつ、ふたつ、と流れるような手つきでイチゴを摘んでは口に運んでいた。手にしている容器の中には、青々としたヘタの数々があっという間に山となっている。もうそんなに食べたんだ、と驚くと同時に、楽しそうなツッキーの横顔に、俺もつられてニコニコと頬を緩めていく。ツッキーを誘って、一緒に来ることが出来て良かったなぁ、なんて思いながら、数日前にネットでこのイチゴ農園を見つけた過去の自分を大いに褒めたくなった。数か月前に出来たばかりのこの農園は、県内でも一番の品種の多さと、その品質の高さを売りに、ネットでもかなりの高評価を受けているみたいだった。
 品種の味比べをするみたいに、ひとつ、ふたつ口にしては次の列へと移動していくツッキーに倣ってイチゴを口にしていくと、大きなハウスの中を一周したところで、すっかり胃袋の中がイチゴでいっぱいになってしまっていた。途中、受付で渡された練乳のパックを開けて着け始めた俺とは違って、ツッキーは始終イチゴそのものの味を純粋に楽しんでいるみたいだった。香りの強いイチゴから、甘さの濃いイチゴまで、いろんな種類のイチゴを口にしていく中で、その味の違いを感じ取ってはいたけれど、どうしたって、最後の方では口の中に広がるイチゴの味に飽きてしまっている自分がいた。
「ツッキーって、本当に、イチゴが好きなんだね」
 ヘタの詰まったプラスチックの容器を抱えながら、俺は隣にいるツッキーの顔をまじまじと見た。
「そう? 別に、そんなでもない、と思うけど」
 そんなクールな返事を口にしながらも、ツッキーの手は休むことなくイチゴを摘み取っている。ぱくん、と口にするイチゴの赤さと、ツッキーの肌の白さが対照的に見えて、俺は、綺麗だなぁ、なんて、少し見とれてしまいそうになった。
 ハウスを一周したツッキーが満足そうに手を止め、ここまで食べてきたイチゴの苗たちを振り返って一望する。
「どれが一番美味しかった?」
 問いかけた俺の言葉に応えるように、口角を上げたツッキーが真っすぐ、とある方向へと突き進んでいく。たどり着いた列に並んでいるイチゴの品種は、色は濃くて形は細長く、どちらかといえば小ぶりな実をたくさんつける、そんな種類のイチゴだった。もっと甘い実をつける品種も、香りの濃いイチゴも、ひとつで三粒分くらいありそうな大きさの実ばかりをつける種類もある中で、ツッキーが選んだのは、そんないたってシンプルなイチゴの品種だった。
 意外だな、と口にはしなくても思っていた俺の顔を見て、ツッキーが言葉を添える。
「何でも、一番大切なのはバランス、ってやつだから」
 ようやく手にした練乳のパックを開封しながら、ツッキーは、その場でよっこらしょ、としゃがみ込んだ。どうやらツッキーの身長には並べられた台座の高さが低すぎたらしく、しゃがんでちょうど、少し見上げる高さにイチゴが並ぶくらいだった。手の届く距離にあるイチゴをひとつ、ふたつ、変わらない調子で摘み取っては口にしていくツッキーの隣で、俺も一緒に座り込むことにした。もうひとつくらい食べようか、どうしようか、と思いながら、迷いなくイチゴを口にするツッキーの手元と横顔を交互に見やっては、ぼんやり眺めていた。
「もう良いの?」
 横目に見てきたツッキーに聞かれて、うーん、と目を泳がせると、ツッキーの手が目の前に近づいてくる。見ればその指先に、練乳のついたイチゴの粒があって、俺の口に向けて差し出されているみたいだった。鼻先に広がる練乳の甘い香りに誘われるように、その実にかじりつく。俺の残した緑のヘタを、ツッキーの手は抱えている容器の中に放り込む。
「美味しい……っ」
 噛めば噛むほど混ざっていく練乳とイチゴの爽やかさに、俺は自然と目を細めていた。あんなに飽きたように感じていたイチゴの甘さが、何故か不意に新鮮に感じられていた。
「練乳つけるなら、これくらいの甘さが一番でしょ」
 少し自慢げに口にするツッキーの言葉に深く納得しながら、俺は、もう一粒だけ、と新たなイチゴに手を伸ばしていた。
「あ!」
 不意に聞こえた子供の声と近づく足音に顔を上げる。ツッキー越しに姿の見えた小さな女の子が、隣の通路から顔を出して、俺とツッキーを何故か、面白いものを見つけたかのような表情で見つめていた。親とはぐれでもしたんだろうか、と俺たちが様子をうかがっていると、ゆっくり近づいてきた女の子が、ツッキーのことを指さすなり、突然、
「お兄ちゃんたち、カンガそっくり、だね!」
 そんなことを口にするので、俺とツッキーは二人そろって大きく首を斜めに傾げていた。
「カンガ?」
 聞き返した俺に対し、ハッとした様子で目を見開いた女の子が、握りしめていた茶色いぬいぐるみを見せつけるように差し出してきた。
「これ、カンガ!」
 見ればその手に握られているのは小さなカンガルーのぬいぐるみで、大きな長い足を小さくたたんで座り込んでいる格好をしていた。
「ほら、そっくり!」
 ツッキーの姿にぬいぐるみの姿を重ね合わせるみたいに、女の子は一生懸命腕を伸ばしてカンガルーのぬいぐるみを高く掲げた。俺とツッキーは二人、目を見合わせながら、何て返事をするべきなのか分からず戸惑うしかなかった。
「あ、こんなところにいた」
 そうこうしているうちに、声を頼りに近づいてきたのか、その子のお母さんとみえる女の人が顔を出し、女の子の手を迷わず握った。あっちに大きいイチゴがあるよ、なんて言われながら離れていく女の子は、最後の最後まで手にしているカンガルーのぬいぐるみを俺たちに向けて見せながら、唇だけで「バイバイ」と囁いていた。
 女の子の姿がすっかり見えなくなってもその場でしゃがみ続けていた俺たちは、何が起きたのかまだ上手く呑み込めていない状況で、とりあえず、もうひとつ、とイチゴを手にして口に放り込んでいた。
「そんなに似てたかな?」
 無意識にこぼした俺の一言に、イチゴを口にするツッキーが、視線を向けてくる。膝の上にヘタの入った容器を載せ、空いた両手を拳にして、目の前の空中を交互に殴る真似をする。
「シュッ、シュッ、って、やった方が良かった?」
 大真面目にふざけるツッキーの横顔に、思わず俺は小さく、噴き出していた。
「ツッキー、ボクシング不得意そう」
 笑って返した俺の一言に、相変わらずふざけた調子のツッキーの声が続く。
「殴り合いは性に合わない、……平和主義だから」
 そう言いながらもまだボクシングの真似事をしているツッキーに、俺は、しししっ、と笑い声で返事をした。











売り子としてお手伝いで参加した「SUPER COMIC CITY30-day2-」の差し入れとしてお配りしたカードに添えたSSとなります。
差し入れに選んだホワイトチョコレート掛けしたフリーズドライの苺のお菓子とあわせて、当日はお渡ししました。