山口との二人暮らしも三年目を数えるようになり、すっかり馴染んだこの空間を手狭に感じることも増えてきた。それもそのはずで、ふと部屋の中を見渡せば、お互いの共有スペースにおいて僕の知らないうちに数を増やした物がいくつかあり、それら全てが山口の気まぐれと妙な好奇心によって持ち込まれた代物ばかりだった。
 断捨離を提案したのは自分からだった。山口もどうやら似たようなことを考えていたらしく、最終手段としてもう少し広めの部屋に引っ越すことも考えていたらしいのだが、それは丁重にお断りしておいた。いくらお互い社会人になったとはいえ、それくらいの理由で引っ越しをするわけにはいかないだろう。その道理について、山口につらつらと語りかけた結果、何故か共有スペースの物品については僕が不用品を選別して処分することになった。山口は昔から物を増やすのは天才的だが、減らすことにおいては若干の苦手意識がある。予想していた結果とはいえ、面倒なことに手をかけなければいけない憂鬱さに、正直、気が進まなかった。
 文句を言っても仕方がなく、とりあえず手始めに、リビングの共有の本棚からとりかかることにした。共有といっても、ここにある本のほとんどは、山口が引っ越しの際に持ってきた書籍ばかりで、僕の私物の書籍に関しては、僕個人の部屋にある本棚の中にすべてを並べていた。というのも、僕の所有する書籍のほとんどは、大学の研究や仕事のために取り寄せた書類や文献が半数以上を占め、中には探すのに苦労した貴重なものもいくつかあったりするために、山口でも触れられないように隔離の上保管しておきたいと思ったからだった。
「あそこの本棚の本、ツッキーがいるやつだけ残して、あとは全部処分していいよ」
 今朝、仕事に行く支度をしている山口に改めて確認すると、こんな返事がもたらされた。それなら心置きなく、と一人、休日なのに気の重い作業に取り掛からなければならない自分の気持ちを、意図して奮い立たせていく。
 とりあえず数冊を取り出し、中身の確認と、余計なものが挟まっていないかをチェックするために、ざっとページを広げた。スッ、と本の間から白い何かが滑り落ち、床に落ちた
 それに目を向けると、何も書かれていない白の封筒がそこにあった。
 まさか、へそくりとかじゃないだろうな、と思いつつ、拾い上げ、中を確かめれば、三つ折りにされた便箋が一枚だけ入れられていた。手紙か、と思いつつ、その折り目の隙間から山口の文字で『ツッキー』と書かれているのを目にし、気になって広げてみていた。
 手紙は、やはり山口から自分に向けて書かれたもので、その文面は、とても短いものだった。熟読せずともそれが山口からのラブレターであることは明らかで、あまりにも率直すぎて恥ずかしすぎる山口の気持ちがストレートに書き表せられていた。文中には、明日から一緒に暮らす、という言い回しが含まれ、これが山口との二人暮らしを始めた日の前日に書かれたものだと容易に推測できていた。
 何度か文面に目を通してみたが、こんな手紙をもらった覚えなんて微塵もなかった。そもそも、山口から手紙を贈られたことも、こちらから手紙を書いたことも、僕と山口の間には一度だってないと記憶していた。どうしてこんなものが、こんなところに置かれているのだろうか。
 手紙が挟まっていた本をもう一度手に取り、表紙と、その中身に改めて目を通してみる。紛れもなくそれは、山口が学生時代に古本屋で買ったと思われる、数年前のベストセラーの小説本だった。自分はあまり手を出さない系統のミステリで、山口もイマイチだったと首を傾げていた記憶がある。特に思い入れがあってこの本を選んで挟んだという感じではないだろう。そうなると、山口もこの本に手紙を挟んだことをすっかり忘れてしまっている可能性の方が、はるかに高いのではないだろうか。
 山口らしい、と思ったところで、自然と自分の口角は上がっていた。きっと同棲を始める節目に、改めて思っていることを僕に伝えようとして、手紙なんて不慣れなものに挑戦しようとしたのだろう。封筒に宛名がないところを見ると、きっと、書いてみたのはいいものの、冷静になって読み返した途端に恥ずかしくなって決心が鈍ったのか、それとも引っ越しのバタバタでうやむやになってしまい、渡すことなく、こんな思いがけないところに迷い込んでしまったか。きっと、そんなところではないだろうか。
 手の中にある文字列に改めて目を落とす。不格好で、自分の気持ちを文字にすることに慣れていない山口の言葉たちが、愛しささえ感じる見慣れた山口の手書きの文字によって確かに紙の上に記されていた。これを書いている時、山口はいったいどんな表情をしていたのだろう。そう想像しては、胸のあたりがむずがゆくなっていくのを感じていた。
 手紙というのも、意外と悪くないものだな。そう思いながら、たった一枚の便箋を丁寧に折り直し、封筒の中へと仕舞いこむ。今日の片づけが終わったら、山口に返事を書くのも悪くないかもしれない。部屋の中に便箋というものがあっただろうかと思いつつ、それを確認するのも合わせて片づけを進めよう、と決意し、掃除の手を進め始めていった。

















RTS!!32にて開催された山月ペーパーラリー企画 「1211通目のラブレター」参加のペーパーとして配布、公開したものの三つ目。