唇の端に、大きな口内炎が出来た。ちょうど口を開けると唇の皮膚が引き連れて、ぴりりと顔面に痛みが走っていく。ビタミンが足りないんだ、ってツッキーに言われたけれど、そのビタミンをとるために果物を食べたくても、上手く口が開かないのだから困ってしまう。
「あ、いて」
 弁当のおかずのからあげを口に運ぼうとして、またぴりりと唇に痛みが走った。思わず震えた指先のせいで、箸の先からポロリとからあげが落下していく。
「薬、塗ったの?」
 隣で食べていたツッキーが横目に俺を見ながら聞いてきた。今は使っていない物理室には、俺とツッキーの二人しかいない。昼休みの教室はあまりにも騒がしくて、静かに食べたいツッキーのために先月からこの教室でお昼を食べるようになっていた。この場所を見つけたのは俺で、委員会の先輩からこっそり教えてもらったのだった。
「食べた後で塗るけど……苦くて」
 嫌なんだ、と言い切らない俺の言葉を、ツッキーはちゃんと汲み取ったらしかった。
「でも、早く治したいんじゃないの?」
「そうだけど、でも……」
「治るまで、キス、しないから」
 え、と顔を上げた俺を見るツッキーの顔は、つん、と澄ましていた。
「痛くて食べるのも辛いんだから、キスするのも痛くて嫌なんじゃないの?」
「そんなことないよ」
 ぐっと距離を縮めた俺の顔を避けるように、ツッキーは後ろに背中を反らせて顔を遠ざけた。やれるものならやってみろと言わんばかりの顔つきで、ツッキーが俺にあかんべ、をする。
「自己管理できない自分のせいでしょ」
 べ、と出された舌に俺はイラッとして、ツッキーの肩に手を置いて、自分の顔を近づけると同時に、その舌の上に自分の舌先を押しつけていた。舐めるように擦り合わせた舌の先に、びりりと電流みたいな感覚が走っていく。二度三度舌の先を震わせた後で離れた俺を、ツッキーは恨めしそうに睨みつけていた。
「治ったら、この何倍もするから」
 覚悟して、と目線で訴えた俺に、またあの目でツッキーが応戦しようとしていた。やれるものなら、やってみなよ。そう語るツッキーの前で、俺は一日も早く口内炎が治るよう、目の前の弁当に入れられたプチトマトを口の中へと放り込んだのだった。






マシュマロでいただいたお題
「口をパカって開けた月島くんが挑発するように舌を出してきたから、カッとなってキスしないで舌だけをんべっと重ねる山口くん」
を元に書かせていただきました。