リビングに置いたL字のソファの左端が俺の、その隣のスペースがツッキーの、俺たちのお風呂上がりの定位置になっていた。日常の大半の時間では、いつもお互い真ん中に肩を寄せ合って並んで腰かけて過ごしているソファでも、お風呂上がりの身体の火照りが冷めない間に限っては、自然と俺とツッキーはほんの少しだけ距離を置いていた。というのも、ツッキーは練習や試合で溜まった疲れを和らげるために、毎日決まってお風呂上がりのこのタイミングに、マッサージやストレッチをするのが日々のルーティーンのひとつに組み込まれていた。一連の流れが終わるまで俺はツッキーの邪魔をしたくなかったし、それにツッキーは、そもそもお風呂上がりの身体でくっついているのも、くっつかれているのも好きではないみたいだった。せっかくシャワーで汗を流してサッパリしたのに、その後で余計な汗をかきたくはないんだと、いつだったかそんな風に告げられたのを、俺は今でもちゃんと覚えていた。 だから今日も、先にお風呂を済ませた俺は、ツッキーが続けてお風呂に入っていくのを見届けた後で、いつもの場所、ソファの左端のスペースに腰かけて、まだ濡れている髪の毛を乾かしながら、片手にしたスマホでゲームを始めていた。
 イベントの最終日だったこともあって、ツッキーがお風呂から上がってきても俺はスマホに視線を向けたままだった。ツッキーはいつもの場所、人ひとり分のスペースを間に空けて、ソファの右半分のスペースに腰を下ろした。視界の端でツッキーが、ソファに片方の足先を上げ、いつもと同じ動きで足のマッサージを始めたのを横目にしながら、俺は頭にタオルをかぶせたままゲームの操作をし続けていた。自分の太ももを揉みながら、ちらりとこちらを見てくるツッキーの視線を肌で感じながら、俺は、あとちょっとだから、と声にしないまでも、心の中で返事をしていた。
 特に何も言われないままツッキーの視線を受け流していた俺を見かねたのか、そこから五分くらい経った頃、軽く呆れた様子でツッキーの声がした。
「頭、ちゃんと乾かしなよ」
 うん、と曖昧な返事を口にしながら視線を向けると、ツッキーはマッサージからストレッチへと移ろうとしているところだった。
「またそうやって、この前みたいに風邪ひいても、今度こそ看病してやらないから」
 冷たく言い放たれたけれど、俺はあと少しでイベントステージの終わりが見えてくるのを感じていたのもあって、
「うん……わかってるよ、大丈夫」
と答えただけだった。ツッキーはそれが気に食わなかったのか、いつもは俺にぶつからないようにソファの上にのばす足先をわざと俺の方に近づけて、ソファの上に胡坐をかいている俺の膝の上に乱暴に押し付けてきた。ぐいぐいと、俺の手元と足の間に押し込んできた足の先を、腿の裏の筋肉を伸ばす動作に合わせて振動させてくるために、俺の身体は左右に大きく揺さぶられた。ツッキーが嫌がらせのつもりで俺に足を押し付けているのは明らかで、つられて俺もムッとしながら、あと少しで終わるこのゲームイベントを中断するわけにはいかないと、完全に無視しながらゲームのプレイを続行した。ツッキーが視界の端でむくれているのは見なくても手に取るようにわかっていた。それでも、軽く蹴られるような勢いで身体を揺さぶられ続けている間に、このまま無視し続けているのも少し気に食わないな、なんて感じ始めていた。いつもは俺の方が邪魔しないようにしているのに、こういうときに限ってツッキーは俺の邪魔をするなんて、ちょっと理不尽が過ぎるんじゃないか。
 視線を外したスマホを左手だけに持ち、俺は俺の腰のあたりに押し付けられているツッキーの足先に右手を伸ばした。ぐっと持ち上げ、その大きさを改めて実感しながら、そのつまさきに顔を近づけた。
「ちょっと、何してんの、」
 ちゅ、とわざと音を立てて唇の先で吸い付いた。親指の先、そしてその付け根の骨の出っ張りに向け、場所をずらしながらもう一度。今日もツッキーが高く跳ぶために酷使したはずの足の先、その場所に触れながら、俺はユニフォームに身を包んで汗をにじませるツッキーの姿を頭の中に思い描いた。唇を離し、足の先に続くツッキーの顔を見上げると、ツッキーは信じられない、という表情で俺のことを睨みつけていた。俺の中で、ムッとこみあげていた苛立ちがスッと消えていく感触がした。
「ツッキーこそ」
 意地悪く、わざとらしく口の端を引き上げて笑ってみせる。
「この足は、俺への嫌がらせに使うんじゃなくて、ちゃんとバレーのために使ってよ」
 半分くらい本心を混ぜた言葉を告げると、俺と目を合わせたままのツッキーの顔が、照れくささからか、キスされた恥ずかしさからか、久しぶりに耳の端まで真っ赤に染まっていった。その変わりようにこっちまでドキリとさせられ、俺は照れくささを誤魔化すために、何でもないことを示そうと、もう一度手の中のツッキーのつま先へと唇を寄せていた。今度はふわりと、優しさだけで触れた、その意図をツッキーも汲み取ってくれたのか、ツッキーはゆっくりと勢いを失った足先を自分の方へと引き戻していった。それでも俺を見る二つの目は睨んだままで、耐え切れない様子で、むずがゆさを示すその声は、ほんの少しだけ震えていた。
「だからって、こんなとこ、今、キスする理由にはならないでしょ、ほんと……馬鹿でしょ……」
 そのあまりにも弱々しいツッキーなりの強がりに、俺は今度は自然と緩んだ唇で微笑みながら、胸の内で、こう囁いていた。ツッキーの身体のどこでも俺はちゅーしてあげたいって、いつも思ってるんだけどな、なんて。でもそれを口にしたら今のツッキーはますます顔を赤らめて、今度は俺から距離を置こうとするかもしれないから、俺は今日のところは言わないままでいよう、とも俺は瞬時に心に決めていたのだった。






マシュマロでいただいたお題「つま先へのちゅー」を元に書かせていただきました。