一人で歩く帰り道は静かだ。いつも隣にいる山口の姿は今日はない。
用事があるから先に帰ると言って部活終了と共に走っていったから、当然の話だった。いつもだったら分かれ道まで、隣で喋り続ける山口に文句を言うほどだが、今日はそんな必要もない。心おきなくヘッドホンをつけ、ゆっくり家に帰れる。
日の落ちた街に次第に光が灯りだす。練習の疲れが残った体に音楽だけが響いていく。りズムに合わせて歩みを続けた。
 ランダム再生にしているウォークマンから聞きなれないイントロが流れ始めた。どの曲だろうと本体ディスプレイをのぞきこむ。表示された曲名に、先日山口から紹介されたバンド名を思い出した。すごくいいから聞いてみて、と渡されたデータを仕方なくウォークマンに入れておいたのだった。
 ヘッドホンから流れこむメロディは、どこか破茶滅茶で、歌詞はところどころ聞きとれず支離滅裂なものだった。これのどこが良いのだろう。首をかしげながら、断片的な歌詞に冷ややかな合いの手を胸の中でする。音が飛び、ボーカルの言葉にならない歌声が投げられ、かけ声がリズムの合間に挟まれる。妙に耳に残る音の連なりから、作っている人間が楽しんでいることだけが、不思議と伝わってきた。いーよね、と笑う山口の顔が頭に浮かんで、アイツならそう言ってもおかしくないな、と納得したら笑みがこぼれた。
 曲と曲の合間に猫の鳴き声がした。足元を見ると一匹の白猫が見上げて、もう一度、僕の顔に向かって鳴いた。膝を折ると猫の方から近づいてきて、ジャージの裾に体をこすりつけてきた。毛がついたら目立つだろうと猫の体を手で押しのける。猫は僕の手に頭を押し付けて、予想通り、撫でろと要求してきた。
ひとしきり撫でたら飽きてどこかに行くだろう、と諦めてその小さな体を撫でることにした。どこかで飼われている猫なのか、首には赤い首輪をはめていて、毛並みも悪くはない。白くて長い毛は、じゅうたんのようにやわらかだ。猫は飽きるどころかアスファルトに体を投げ出して身をよじり始める。
 ツッキー猫だ、猫がいる。山口が猫を見つけたら必ず報告してきて、僕の顔を見る。
猫が好きだと山口は勘違いしているが、正しくは猫が近づいてくるだけで、特に好きなわけじゃない。近づいてくる猫に対して山口が手を出すと、エサがないと気付かれたが最後、あっという間に逃げられる。その度山口は、また逃げられたと報告してきて、悔しそうな顔をする。その一連の流れを見るのは嫌いじゃない。山口は猫の触り方が下手糞なのだ。
 喉をならす白猫の姿を今山口が見たら、さすがツッキー!と言うだろう。
猫は時折り姿勢を変え、撫でてほしい部分を手に押しつけてくる。一方的に空いてくるのは猫も人間も同じだ。手を離して立ち上がり、もういいでしょ、と告げて背を向けた。
 呼び止める鳴き声に振り向くことなく前へ進んだ。それでも猫の声は止む気配がなく、目を向けるとすぐ後ろについてきているのが見えた。にゃあ、と鳴く白猫のしつこさに、いつも耳にする山口の声が頭の中で重なった。ツッキー、待って。いつでも再生できてしまうフレーズに苦笑する。懐かしい、その言葉が口からこぼれ落ちそうになった。
 一人の帰り道は、やっぱりどこか味気なくて、物足りない。
 明日は、また一緒に帰れるだろうか。そんなことを思いながら、僕は自宅の玄関のドアを開けた。