休日の昼下がりに宅急便が届いた。差出人は谷地さんで、包みを解けば、缶に入れられた高そうな紅茶が二種類詰められていた。片方のラベルには苺のイラスト、もう片方のラベルにはレモンのイラストが可愛らしくプリントされている。
「ツッキー、谷地さんから紅茶が届いた!」
 リビングのソファで今もテレビの画面にくぎ付けになっているツッキーに向け、声を飛ばす。
「さっそく、淹れてみようか?」
 うーん、だか、ううん、だか、肯定か非定か曖昧なツッキーの声がした。今流している映画は、本当だったら、ツッキーと二人で半年前に一緒に映画館で見ていたはずの作品で、結局、その時はお互いのタイミングを合わせることが出来なかった。今日は久しぶりに俺もツッキーもオフの日で、しかも何の用事も予定も無い、完璧に二人っきりでのんびりできる休日だ。だったらあの見逃した映画を二人で一緒に見よう、と流し始めたのが四十分前のこと。きっと映画は最初の説明を終えて、本題へと進み始めた頃だろう。この映画を見たがっていたのは、俺というより、どちらかといえばツッキーの方だったのだから、ツッキーが生返事しかしないのも、仕方がないことかもしれない。
 明確に断りを口にしなかったツッキーの反応を踏まえて、俺は台所の電気ケトルに注いだ水を沸かし始めた。紅茶の缶に書かれた説明書きを読みながら、戸棚の奥にあるティーポットを取り出す。普段つかうことは少ないけれど、お互いの誕生日だったり、記念日の日には必ず、ちゃんとティーポットでお茶を淹れるようにしていた。別に俺はティーバッグでも何でも気にはしないのだけれど、そうやって手間をかけた方が、ツッキーが喜んでくれることを俺は充分知り尽くしていた。
 説明書きに沿って茶葉を入れ、ちょうど沸騰を知らせた電気ケトルに手を伸ばす。ティーポッドの八分目まで一気にお湯を注げば、透明な耐熱ガラスの中で大きめの茶葉が、ゆっくりと舞い始めた。その動きに見とれそうになったところを振り切って、ふたをし、キッチンタイマーのスイッチを押す。
「もしかして、紅茶だけで済ますつもり?」
 リビングから顔をのぞかせたツッキーが様子をうかがいながら、尋ねてきた。
「ごめん、ちょうど切らしてて」
 反射で答えた俺の言葉を受け、ツッキーが自分の部屋に急いで向かうのが見えた。もしや、と思った三秒後に戻って来たツッキーの手には大きなクッキーの缶があって、俺は思わず、大きな声を出していた。
「あっ!! まさかツッキー、俺の知らないところで、独りでそれ、全部食べるつもりで隠してたりしないよね!? それに、あんまり甘い物食べないように制限しないと、ってこの前自分で、そう言ってたはずなのに何で、」
 その時ちょうど、セットしたキッチンタイマーのアラームが騒がしく鳴り響いた。あ、と目を逸らした瞬間、平皿を食器棚から持ち出したツッキーはリビングへ引き返してしまっていた。
 呼び止めたい気持ちをグッとこらえ、並べておいた二つのマグカップにゆっくりと注ぐ。甘酸っぱい苺の香りがキッチンいっぱいに広がって、俺は思わず目を細めていた。さすが谷地さん、分かってるなぁ、なんて思いながら、マグカップを両手に持ち、ツッキーの元に戻っていく。
「はい」
 コトリ、とローテーブルの上にカップを置いたとき、ソファに座るツッキーの視線は、またもやテレビの画面に向けられていた。そんなに面白いのかなぁ、と画面に顔を向け、ストーリーの進み具合を推測してみる。
「一番いいところ、見逃したでしょ」
 巻き戻すかと尋ねられ、大丈夫、と答えた。見ればツッキーはそんな状態なのにちゃっかり、平皿の上に三枚ずつクッキーを並べ終えた後だった。チョコレートのたっぷりかかった、見るからに甘そうな大判のクッキー菓子。自然と、ため息をついていた。
「別に、ちゃんとカロリーコントロール出来れば問題ないでしょ」
 俺の反応に対し、しれっとそんなことを言ってくるツッキーを横目に見る。ツッキーは素知らぬ顔で映画を見続けているばかりで、こっちを見ようともしない。
 せっかく淹れたのだから冷めないうちに、と俺は気を取り直してカップに口をつけることにした。淹れた時にも感じた、甘酸っぱい苺の香りが口の中に広がって鼻に抜けていく。
「この前の、お土産のお礼、って」
 そう告げたツッキーの手には一枚のメッセージカードがあった。見れば見覚えのある手書きの丸文字が並んでいて、一瞬で谷地さんからのものだと判別がついた。ギフトボックスの隙間に紛れるように入っていたのと聞かされ、全然気づかなかったことに目を丸くしながら受け取った。丁寧にオレンジ色のインクペンで書かれた谷地さんの文字は、小さなメッセージカードいっぱいに敷きつめられていた。読んでみると、たしかに、先日ツッキーが遠征先から贈ったお菓子のお礼として、今回紅茶缶を贈ったのだと告げる文章が、そこには丁寧に綴られていた。
『二人とも忙しい毎日を過ごしてるかもしれないけれど、お茶でも飲んでゆっくりしてもらえたらな良いな、なんて、そう思って、選んでみました。二人が幸せな時間を過ごせますように』
 カードに書かれた文章から滲み出る谷地さんの優しさに、自然と俺の顔は緩んでいた。今日くらい、谷地さんに免じて、良し、ってことでもいいか。メッセージを最後まで読み終えると同時に俺はそう心に決めていた。改めて見つめ直した目の前の大きなクッキーを手に取り、遠慮なくかじりついてみる。
「ん……! おいしい……!」
 思わずそう口に出してしまうほど、そのクッキーの味は、苺の香りのする紅茶に悔しいくらい、ピッタリだった。
「だから、言ったでしょ」
 隣から、嬉しそうに目を細め、紅茶をすするツッキーが横目に見てくる。その自慢げな顔と、得意げな表情に正直もう一度イラッとしてしまったのだけど、それを俺はなんとかグッと飲み込むことにした。嬉しそうにクッキーにかじりつくツッキーの横顔が久しぶりに上機嫌なときのソレであることを確認し、せっかくの休日なのだから、存分に満喫してみようじゃないかと思うことにした。
 マグカップを片手にしたまま、隣に座るツッキーに寄り添うように身体を近づけた。それに気づいたツッキーが口元についたクッキーの欠片を指で拭うと、そっと俺の身体に体重を預けてくるのがわかった。その重みを感じながら手にしたマグカップに再び口をつけると、ふわりと今まで以上の香りが俺とツッキーのことを包み込んでくれるみたいだった。
 うん、これも、まぁ、悪くないか。そう思いながら、甘酸っぱい香りも含め、つまらない気持ちも紅茶と合わせて俺はごくりと飲み込んでいた。





RTS!!28の差し入れとしてお配りしたカードに添えたSSとなります。
お茶のティーバッグの差し入れにあわせて、当日はお渡ししました。