「トンネルのあっちとこっちが、繋がるんだって」
 学校からの帰り道を歩いていたら、隣で一緒に並んで帰っていた山口が、突然、そんなことを話し始めた。山口の声は不安そうに震えていて、話の前後をよく聞いていなかった僕は、何のことだろう、と首をひねっていた。
「トンネルが繋がって、何になるの?」
 そもそもトンネルは繋がっていなければ何の役にも立たないんじゃないだろうか。そんなことを口にしかけた僕を見上げて、山口が落ち着きなく体を左右にゆすった。
「別の世界と繋がるんだ、って。この世界と別の、全然違うところと」
「何それ」
 オカルトかおまじないみたいなものだろうか、と想像している僕に、これでもかと山口は自分の知っている情報をぶつけるように話し続けた。
「トンネルの片方から一人が入って、出口から、入り口に残った人に向かって手を振って、それに入り口の一人が答えると、あっちとこっちの世界が繋がって、それで別の世界の入り口になるんだ、って。良いものも悪いものも、そこを入り口に、あっちからこっちに流れて入ってくるんだ、って。そう、昨日のテレビでやってたんだ、って隣のクラスの中島君が」
「ああ、昨日の」
 昨日お風呂から上がった時に一瞬リビングを横切った時に見かけた番組のことを思い出す。たしかにオカルトというか怖い話をまとめた一時間番組が昨日の夜に流れていた。それがネタ元だったのかと思うと同時に、どうしてそれを又聞した山口が今ここで僕に話しているんだろうか、と疑問を抱いた。そもそも、トンネルの入り口と出口なんて、誰が決めるんだろう。どっちからでも入れるトンネルだったら、そんなこと決められないはずなのに。
「だから、ツッキーに手伝ってほしいんだ」
「手伝う? 何を?」
「練習、しないといけないから」
「練習?」
「明日の帰り、中島君と川田君と村山君と一緒に約束してて、その、トンネルで実験しよう、って俺も誘われてて」
「だから、今日の内に試してみて、明日やる前にちょっと慣れておきたい、ってこと?」
 そう、と答えた山口は、大きく首をたてに振った。きっと、山口の考えはこんなところだ。そういうことに人並みの興味はあって実験とやらもやってみたい気持ちでいっぱいなのに、いざやってみてビビりすぎて周りから笑われることになるのだけは避けたい、だからビビりすぎないように、一度練習しておきたい。そんな気持ちなんだろう。果たして、その練習に意味はあるんだろうか。そんなことを思いながら、僕は断るのも面倒になって、話を続けることにした。どうせ試したところで本当に何かが起こるわけではない。一回サッとやってしまえば山口も気が済むんじゃないだろうか。
「で、どこでやるつもり? トンネルなんてどこにも」
「あるよ、三丁目の、坂道の奥に、短いけど、小さいトンネル!」
 山口の言うトンネルとは、大人だと頭をかすめてしまいそうなくらいの高さしかなく、長さも、学校の廊下よりはるかに短い、本当に小さなものだった。山のふもとの、道のわきに木が生い茂って林のようになっている道から途中で枝分かれして続いている、本当に細い小道の真ん中に突然現れるもので、なんでそこにあるのかもわからないくらい、小さくて狭いものでしかなかった。それをトンネルと呼んでもいいのか迷うくらいの存在で、僕も今こうして、山口から言われて初めて思い出すくらいのものだった。
「いいよ、今から試しに行っても」
 僕の返事をきっかけに、僕と山口はいつもとは違う道をたどった。三丁目のトンネルは記憶のまま、誰もいない道の真ん中にたしかに存在していた。
「じゃあ、俺が先に入るね。ツッキーはここで待ってて」
 アーチ状に積まれた石の縁を、緑色のつる草がびっしりと覆っていた。そのつる草をかきわけるように、ランドセルを背負ったままの山口が中へと進んでいく。思ったよりあっさり中に入っていたその姿を見やりながら、こういう時の山口の行動力の高さを不思議に思っていると、離れていく山口の後ろ姿が完全な影となってぼやけていった。ざり、ざり、と砂を踏む足音が反響して、耳に届いてくる。その音すらいつもとどこか違うような気になって、僕は大げさに頭を振った。
 もしもこれで別の、あっちの世界とこっちの世界が繋がったとしたら、いったいどうなってしまうのだろうか。山口のシルエットに目を向けながら、僕はぼんやりとそんなことを考え出していた。暗がりを進む山口の姿は、トンネルの先に出ても、今度は逆光によって、あまりよく見えはしなかった。
 もしあの山口が別の世界の山口だったとしたら、僕はいったいどんな気持ちを抱くのだろうか。トンネルの向こうで振り返ったらしき山口の影が、こちらを向く。その手がスッと耳元から先、頭の上に延ばされて、大きく右から左に揺らされた。
「おおい、」
 あの声に応えたら、トンネルのこっちとあっちが繋がる、という話だった。もしもその繋がる先の世界が、応える人間の気持ちと関係するとしたら、どうだろうか。僕がここで応えることで、もしかしたら、あの山口ではなく、どこか別の世界の、まったく違う山口になったりはしないだろうか。たとえば、そう、僕のことを好きだと、そういう意味で好きだと言ってくれるような山口に変わっていたりしないだろうか。
 僕はそんなことを考えながら、ありはしないと頭でわかりつつ、ほんの少しの期待とともに、自分の右手を挙げた。
「おーい、ツッキー、おーい」
 トンネルの中を反響してブレて聞こえる山口の声を受け止め、僕は手を大きく横に振った。鼻から吸い込んだ息を、そっと吐きだす。
「おおい」
 影でしか見えない山口の形を見つめながら、僕は声を発していた。たとえこの先がこっちと違う世界になっていたとしても、きっとそれは僕の望むものではないだろう。だって、僕の描く、山口が僕と両思いでいる世界なんて、こっちの世界どころか、どの世界にも一切、存在なんてしないだろうから。それは僕の想像の中にしか存在しないのだから。
 僕がまぶしさに目を細めたとき、手を下した山口が、一歩こちらに近づいてきた。
 さぁ、今から戻ってくる山口は、僕の知る、今まで通りの山口なんだろうか。僕は手を下しながら、もう一度息を吐いた。もし別の山口になっていたとしたら、僕はどんな風に接すればいいのだろう。笑顔で応える自信はあるのだろうか。
 そんなことは絶対にあり得ないと頭ではわかっているくせに、僕はバカみたいな想像をずっと続けてばかりいた。
 トンネルのあっちから近づいてきたその影は、もう、すぐ、僕の近くに立っていた。





Twitterの「#RT抽選1名様に本気の小説をぶつける見た人も確定」タグにて
抽選に当選したやっとさん(@yattoyo)から頂いたお題「トンネル」で書かせていただいたもの。