くあ、とあくびをかみ殺した俺を、隣に座るツッキーが横目に見やった。その視線を、俺は閉じた瞼ごしにぼんやりと感じ、俺は必死に重たくなった瞼を押し上げようとした。部屋の隅でうっすらと鳴り続けているヒーターの動作音と、テレビのスピーカーから投げかけられてくる音声が最初に比べてひどく遠ざかっている。視線の先にあるBDレコーダーのタイムコードは一時間半と少しを過ぎていて、この映画のクライマックスまであまり時間がない、そんなことは重々わかってはいるのだけれど、どうしても俺の両目は強い眠気に流されて閉じようとするばかりだった。
「一旦、止める?」
 寝そうになっている俺を見かねたツッキーがそう聞いたけれど、俺はゆるゆると首を横に振った。ツッキーがかすかに溜息を吐きだす気配がして、
「またラスト三十分見逃した、って悔しがっても知らないから」
 そんな風に呆れた様子の声が聞こえていた。
「大丈夫、起きてる……起きてるから、」
 無理やり重たい瞼を押し上げれば、ツッキーの部屋の壁の一面を埋めるほど大きなテレビ画面いっぱいに、主人公とヒロインの傷だらけのツーショットがアップになって写し出されていた。もうすぐこの映画の黒幕が出てきそうな雰囲気を感じながら、俺はやっぱり自分の瞼の重さに耐えかねて、そっと目を閉じていた。
 今こうしてツッキーと二人、並んで見ている映画は、半年前に劇場で公開された、世界でも有名なシリーズものの最新作だった。俺とツッキーは前々からこのシリーズの作品を映画館へ二人で見に行っていた。だからもちろんこの最新作も劇場で一緒に見ようと約束していたのだけれど、今回に限っては、お互いの予定が合わなかったり部活が忙しかったりで、結局、俺もツッキーも見るタイミングを逃していた。ネットニュースでは再来年またその次の新作が公開されると話題になっていて、それならなおさら、なるべく早く見ないといけないんじゃないかと俺はずっとそわそわしていた。そんな中、その最新作がレンタルショップで新作として借りられるようになったという情報を得て、俺はいてもたってもいられずに、レンタルして一緒に見よう、とツッキーにもちかけていた。というのも、先日、ツッキーがバレーの試合観戦や分析のために、自分専用のテレビとレコーダーを買って、自分の部屋の一角に置いたという話を俺はしっかり覚えていたからだった。
「別に、一緒に見るのは構わないけど……」
 ツッキーは俺の提案に、少しだけ困ったような表情を浮かべた。俺はてっきり良いよ、と二つ返事でうなづいてもらえるとばかり思っていたから、一瞬どきりとした。
「え、ツッキーもしかして、もうどこかで先に見たりとか……? それとも、もう見るつもりはそんなにないとか、そういう……?」
 不安がる俺を見て、ツッキーが一瞬驚いた様子で目を見開き、苦笑に似た笑みをこぼして否定した。
「違う、そういうんじゃなくて、最近部屋の暖房が調子悪いから、寒いかもしれないけど、それでも良いか、って聞こうとしただけなんだけど」
 なんだ、と息を吐いて、俺は満面の笑みで返事をしていた。
「大丈夫、そんなの全然、俺は気にしないから」
 じゃあ、とうなづいたツッキーのおかげで、俺は久しぶりにツッキーの家にお泊りすることになった。部活終わりの学校帰りからそのまま向かったツッキーの家で、俺は久しぶりにツッキーのお母さんのご飯をごちそうしてもらい、お風呂までいただいた。いざ見ようとツッキーの二人並んで画面に向かった時までは、俺の頭もしっかり覚醒していた。でも、三十分、一時間と経つうちに、一週間の疲れがじわじわと押し寄せて、気づけば俺の目は閉じてばかりになっていた。
「風邪、ひかないでよ」
「ん、大丈、夫……」
 必死に両目を見開くと、ツッキーが俺の肩に広げた毛布をかけようとしてくれていた。膝を抱えた俺の肩から背中に、柔らかいツッキーの部屋の毛布の暖かさが広がって包んでくれる。ツッキー優しいなぁ、と心の中で囁くと、もぞもぞと毛布が動く気配がして、俺はそっと目を開いていた。
 何、と言いたげなツッキーの目と、目が合った。驚きで一瞬だけ眠気が遠ざかり、俺はまじまじとツッキーの顔を見つめていた。ツッキーは俺にかけてくれた毛布の内側に、後から潜り込んで肩を寄せようとしているようだった。え、と息をのんだ俺の目を覗き込んで、照れくさいようなくすぐったいような顔のツッキーが言い訳がましく口を開く。
「こっちの方が、暖かいでしょ」
「そっか、……うん……? ……そう、だね、」
 まだ眠気の残るぼんやりとした頭で、俺はただそれだけを返していた。すぐ近くにツッキーの息遣いと体温がある。普段は感じないツッキーのにおいまでも伝わってくるのは、同じ一枚の毛布に一緒に包まっているせいなのか、それともこんな距離でツッキーとくっつくことが珍しいから、なのだろうか。画面に視線を戻しながら、俺はツッキーの肩が毛布からはみ出ないように、自分の体をツッキーの方へ、いっそう近くに寄せた。
「だから、寒くてもいいの、って聞いたのに」
 俺が近づいたことを、寒さのせいだと思ったらしいツッキーの声がした。あきれるような、それでいてどこか嬉しさの滲む声の調子は、とても心地いいものだった。俺はこっそり、ツッキーの肩によりかかるように、さらに体を寄せていた。いつもだったら、重たいとか、邪魔だ、とかいって怒ってもおかしくないというのに、ツッキーは黙って、そのまま画面に視線を向け続けていた。それがすごく嬉しくて、俺はすっかり去った眠気を言い訳にして、触れているツッキーの暖かさに目を細めていた。
 画面では、相手の黒幕の罠をすり抜けた主人公が、ヒロインの手を取って脱出しようと立ち上がるところだった。もうすぐエンドロールを迎えてしまうなぁと惜しい気持ちを噛みしめながら、俺はそっと盗み見るようにツッキーの顔を見上げていた。するとそれを読み取ったかのようなタイミングで、ツッキーの方からも俺に対し体重をかけて寄りかかってくる感覚がした。身体に伝わるツッキーの重みに、俺はそっと目を閉じていた。
 遠くの方で流れているエンディングソングに、このままずっと、いつまでも終わらなければいいのに、とそんなことをこっそり、俺は胸の内で願い続けていた。






2020/12/11〜12/18の期間にて、ファミリーマート、ローソンのネットプリントサービス利用で配布したもの。
実際のツイートがこちら
A3片面モノクロで切り込みを入れて冊子になるちょっとしたものでした。