この春、大学卒業とともにVリーグ選手として活躍し始めたツッキーは、俺の予想通りというか、それ以上の勢いをもって所属チームの元からのファンもそうでないファンも含めて女性人気のとても高い有名選手の仲間入りを果たしてしまった。元からツッキーは俺なんかより何倍もモテたし、昔からツッキーの隠れファンが存在していたことは事実かどうかはさておき、噂だとしても常にまことしやかに囁かれ続けていた。だから実際、こうして初めてVリーグ選手として迎えるツッキーの誕生日にファンからのプレゼントが届けられたところで俺は驚きはしなかった。ただ、その数だけは俺の予想の何十倍も多く、そのあまりの量に俺ですら目が飛び出るくらいに驚いた。
 当のツッキーは、誕生日も休まずチームの練習に参加してバレーに励み、そしてチームでのお祝いを済ませてから、しっかりと予告通りの時間に家に帰ってきた。ただいま、と告げた後の二言目は、こんなものだった。
「荷物、事務所から届けるって聞かされたんだけど、来た?」
「届いてるよ、段ボール五箱分。事務所の人が、わざわざ車で直接運んできてくれた」
 ふぅん、とうなづいたツッキーは特に驚いた様子もなく、興味もないといった顔つきで、それ以上なにも口に出さなかった。そんなツッキーの反応に何故か俺は、胸のあたりで何かがモヤッと広がっていくのを感じ取っていた。
 このモヤッとしたものの正体はなんだろうかと思いとどまってみる。頭に浮かんだイメージを文字にすると、こんな感じだろうか。そんなに皆からお祝いされて、反応はそれだけ?
「荷物、どこに置いたの」
 汗を吸いこんだ練習着を洗濯機に放りこんで、ツッキーが尋ねてきた。
「ツッキーの部屋に積んでおいたよ」
 どうも、と告げたツッキーの声は、相変わらず素っ気ないものだった。それもまた俺の胸のあたりのモヤッとしたものを刺激するようで、俺は思わずムッとした気持ちを顔に出しながら、キッチンへと向かっていた。きっとツッキーに言ったところで分かってもらえる類のものではないだろう。せっかくツッキーの誕生日だからと、有給で確保した貴重な二連休を、こんな気分で過ごすわけにはいかないのだ。気を取り直して下準備していた料理の仕上げをしようと腕をまくれば、着替えを済ませたツッキーが自分の部屋から出てくるところだった。
 帰宅後のルーティンのひとつとして、冷蔵庫の中から冷えたスポーツドリンクを取り出したツッキーが、いつもより間を置いてから冷蔵庫の扉を閉めた。それを耳だけで感じながら、きっと、中に入れてあるケーキの箱に書かれている店名をツッキーはちゃんと見てから冷蔵庫の扉を閉めたのだろうな、なんて想像をしていた。今年は少し奮発して、いつもより倍の値段のするショートケーキを注文した。半年前から予約しないといけないほど人気のパティシエが所属する店のケーキと知ったら、ツッキーは喜んでくれるだろうか。そんな風に想像しながら、今の今まで内緒にしていただけに、ツッキーの反応が正直俺は気になっていた。
「……この洋菓子店のケーキって、半年前には予約しないといけなかったんじゃないの」
 ズバリと言い当てられるような一言に、俺の胸はドキリと跳ねた。
「さすがツッキー……! 知ってたんだ?」
 冷静を装って振り向けば、ツッキーは申し訳なさそうな、気の毒そうな顔で俺を見つめていた。その表情に俺は新たな違和感を覚え、そして、すぐに最悪の予感を抱きはじめていた。ツッキーは俺の顔を見てから、ため息をひとつ。ごそごそと部屋着のポケットから取り出したスマホを操作すると、おずおずとその画面を俺に向けてきた。そこには、所属するチームのメンバーに囲まれて映るツッキーの写真が表示され、その写真の中央には、大きなホールケーキに添えて、見覚えのある洋菓子店のロゴの入った箱が一緒に写りこんでいた。そう、それはまさに今冷蔵庫で俺とツッキーに食べられるのを待ち構えているケーキの箱に印字されているものと全く同じもので、俺はそれを目にした瞬間、驚きのあまり、思わず手で口を塞いでいた。
「チームのオーナーが、僕の好物を聞いて春先に面白がったのを妙に覚えてたらしくて、知り合いの、この店の支配人にお願いして特注でお願いした、って……その時ついでに、本来なら半年前から予約しないといけないような人気の店なんだ、ってことまで聞かされたんだけど……」
 真摯に事情を説明してくれるツッキーの話を聞きながら、俺は怒りよりも悲しみで項垂れていった。決してツッキーが悪いわけじゃない。そう頭では理解しているはずなのに、どうしても心の中までは納得がいかなかった。どうしてこんなことになるんだろう。胸の奥で渦を巻くモヤモヤとした何かが、喉の奥からじわりじわりと押し迫ってくる。いけない、と奥歯を噛みしめ、にじみ出てきた涙がこぼれないように我慢していると、不意に背中から被さるように抱きしめられた。ふわりと広がる制汗剤の匂いと嗅ぎ慣れた汗のにおいにハッとしたところで、ツッキーが耳元で囁いた。
「ちゃんと山口は、半年前から今日のために準備してくれてたんでしょ?」
 ツッキーの問いかけを心の中では肯定していたというのに、なぜか俺は素直にうなづくことが出来なかった。俺が返事をしないことを読み取ったのか、続けてツッキーがこう囁いてきた。
「それに、僕を喜ばせようって、ケーキもプレゼントも夕飯も、ぜんぶ考えて用意してくれたんでしょ?」
 その柔らかな声にツッキーの嬉しさが表れているような気がして、俺はおそるおそる口を開いていた。
「そう、だけど……」
「そんなの、他の誰かと同じになるわけないから。僕のこと、よく知ってるのは、世界中で一番、お前なんじゃないの? それとも何、他の誰かにそれを譲るつもり?」
 ムッとしながら、俺はツッキーの煽りを煽りと意識した上で、ツッキーの方を振り返って宣誓した。
「俺は、世界中で一番、ツッキーのことを知り尽くす人間であり続けることをここに宣言するよ! そんなの、他の誰かに譲るなんてこと、絶対にありえないよ! ツッキーのこと、世界で一番好きなのは俺なんだから!」
 言い切った瞬間目が合ったツッキーは、いたく満足げな笑みを浮かべては、俺の目を真っすぐに見つめ返していた。その目の中に滲んだ愛しさの感情に感化され、俺は考えるよりも早く、その唇にキスしていた。触れるだけのつもりが二度三度、そして最後には深く唇を重ねていた。
 ほっ、と息をついて離れたところで、俺の胸の中にあったモヤッとしたものがすっかり消えていることに気付いていた。
「じゃあ、これから、俺にしか出来ない方法でツッキーの誕生日をお祝いするから!」
 張り切る俺に、ツッキーがはにかみながら首を傾げる。
「たとえば?」
「誕生日だから、歳の数だけちゅーする、とか!」
「節分じゃあるまいし……それに、それ毎年やってたら、十年、二十年後が大変なことになるけど」
 想像してクスクス笑うツッキーの顔は、とても楽しそうだった。ツッキーは何十年経っても、俺に誕生日のお祝いをさせてくれるつもりなんだ。曖昧にそう伝えているツッキーの反応に、俺の顔は自然と緩んでしまっていた。
「だったら早く夕飯もケーキも食べ始めた方が良いんじゃないの? その後の予定だって、あるだろうし」
 え、と目を丸くした俺に対し、わざと顔をそらしたツッキーの唇が、そっと囁いてくる。
「僕も、明日はオフの日だし、山口も、明日休みなんでしょ……だったら、歳の数なんてあっという間に出来ると思うけど」
 濁された言葉の真意に思い到った俺は、勢いよくツッキーに抱き着いていた。
「そうだね、なるべく早く用意して、ゆっくりえっち出来るようにしようね、今日はいつもよりずっとツッキーが気持ちよくなれるように、俺、頑張るから!」
 額のあたりに伸びてきたツッキーの手に押し剥がされて、俺は後ろに一歩、距離をとった。視界に映り込んだツッキーの顔は、信じられないくらい真っ赤に染まっているみたいで、それも含めて、ますます俺は、だらしなくニヤけてしまったのだった。