こんな夢を見た。
 あまり大きくもない手漕ぎの舟に乗り、その舟の後方から、次第に遠ざかっていく陸地の風景を、ただじっと眺めていた。水面に波はなく、岸と思われる陸地も目に入らないことから、どこかの大きな湖なのではないかと思われた。頭上に広がる空はひどく晴れやかなのに、なぜか遠く眺めている陸の景色は白く霞がかっていた。
 どこまで進む舟なのかと、進行方向に目を向ける。舟の頭に立って櫓を漕ぐ男の姿が目に入る。その後姿が、どこか、見慣れきった幼なじみの姿に重なる気がして、なぜか核心も無いのにその名前を呼んでいた。
「山口……?」
 声をかけたことで初めて振り返った男の顔がこちらにも見えるかと思ったが、それをきっかけに、乗っている舟が大きく左に傾いた。ゆっくりと水面に近づいた身体が大きく投げ出され、そのまま音もなく水の中へ投げ出された。
 飛びこんだ水の中は冷たくも苦しくもなく、自分は驚くことさえしないまま、しばらく水の中を漂っていた。青く澄んだ水の中では、自分の吐き出した空気が泡となって、水中にいくつも浮かんでいた。それらは小さく揺らぎながら、ひどくゆっくりと時間をかけ、水面に向かって浮かんでいった。
 光を反射してキラキラ光るその内側に、何かが映りこんでいることに気が付いたとき、目と鼻の先にあったひとつをたぐり寄せて中を覗き込んでいた。そこには私服を身に着けた自分の姿が小さく入り込んでいて、これはこの前山口と二人でショッピングモールに買い物に行った時のことだと、そう気づいたところで、また別の泡をたぐり寄せていた。
 次から次に水に浮かぶ泡の中をのぞきこんでみれば、何故かその全てに自分の姿が必ず映りこんでいた。それと同時に、全てではないが、いくつかの泡の中には、自分の隣にいる山口の姿も、ともに映りこんでいた。
 これはもしかしたら、山口の記憶なのかもしれない。そう思ったところで、抱きかかえていた泡のひとつがパチンと弾け、その中に映りこんでいたはずの山口が、知らぬ間に僕の手をつかんでいた。
「ツッキー、大好きだよ」
 こちらの目をのぞきこむようにして微笑んだ山口が、こちらの身体を引き寄せ、強く抱きしめてきた。その腕と胸の感触に懐かしさを感じ、目を細めたところで、ここがどこなのか、ぼんやりと分かったような気がした。
 ここはきっと、山口の心の中なのだ。そして、あのいくつもの泡は、山口の心に残った自分との思い出なのだと、そう思ったところで、山口がもう一度ささやく声がした。
「俺、ツッキーのこと、大好きだから」
 くすぐったくなるような言葉の響きに思わず顔をしかめる。そんなことは言われなくても知ってるんだ、と言い返すのも嫌になって、山口の身体に腕を回していた。
 ごぼごぼと鼓膜を刺激する水中の音に目を閉じれば、触れ合った場所の境目がなくなりそうな、とても曖昧な感覚に全身が満たされていくような気がした。このままこうして、二人で水の底まで沈んでしまうのも悪くないな、と、そんなことを思っていた。