はい、と突きつけられたのは赤い包装紙に包まれた小さな箱だった。真っ赤なリボンは金のラインが入ったもので、キラキラ光を反射する眩しさに思わず顔をしかめた。すると相手の、どこのクラスの何て名前かも知らない女子が泣きそうな顔でこっちを見て、ごめんなさいと叫んで走り去ってしまった。置き去りにされた中庭は冷たい風が吹き抜ける。身震いをひとつすると、廊下から山口が顔を出した。目が合うなり、重たげな紙袋をぶら下げた両手をめいっぱい大きく振って駆け寄ってくる。
「ツッキー、これ回収してきたよ」
 フリスビーを拾って戻ってきた犬のような顔で目の前に立つなり、どさりと三つの紙袋を足元に置いた。のぞける中身は赤やオレンジやピンクといった目がチカチカしそうなラッピングに包まれたたくさんの小箱で、その中身は言われなくても分かっていた。今日は2月の14日。毎年のことだ。山口はいつも頼む前に靴箱の中の物を毎時間の休み時間に回収して、放課後こうしてまとめて渡してくる。きっとそれだけじゃなく、山口づてに渡すように頼まれたものも含まれているんだろう。紙袋に落としていた視線を山口に戻す。
「それ、全部いらない。直接渡せないのにつきあいたいとか、矛盾以外の何物でもないし」
「でも、中身はただのチョコレートだよ」
 じゃあ、と紙袋の取っ手に指をかけて持ち上げ、数歩進んだ先にある鉄製のゴミ箱に放り込んだ。背中ごしに、山口の嘆息が聞こえる。顔も知らない、会ったこともない人間の作った食べ物を口にするだなんて、想像しただけで寒気がする。直接手渡してくるなら、まだマシだと思う。二度とこんなことしなくて良いから、と断ることができるからだ。受け取る理由もなければ断る理由もない。作るための時間も手間もラッピング材すらただの無駄。
 冷えた口元を埋めるように、マフラーを引き上げる。昇降口に向けて歩きだすと、遅れて山口がついてくる。先に靴を出して履き終えると、数歩後ろで立ち止まって下を向いている姿が目に映った。
「あのさ、ツッキー」
 震えた声で言うと、肩にかけた鞄の紐をぎゅっと握りしめた。山口の様子に、何が言いたいのか、次に何をするのか察しがついていた。時間の無駄だと思い、右手を出す。
「ん」
「え?」
 一瞬きょとん、とした山口の顔が驚きになり、笑顔になって、鞄の中に片手を入れると
「はい」
青の包装紙に緑のリボンがかけられた小箱を差し出した。その見慣れたラッピングに安堵しながら、何も言わず受け取った。軽く触れた指先は珍しく冷たかった。もしかしたら、呼びだしの間ずっと寒い廊下で待ってたのかもしれない。そんなこと微塵も口にしない山口は赤い顔で、今年はクランチチョコにしたんだ、いちごとチョコとホワイトの三種類だよ、と言った。
 昇降口の脇にある自販機にふらりと近づくと、山口があわてて靴をはいて駆け寄ってくる。ボタンを押して出てきた熱々のココア缶を拾い上げて、不思議そうな顔をしている山口に向けて突き出した。
「はい」
「くれるの?」
「このままだと火傷する」
え、と声を上げて、山口は恐る恐る缶を受け取った。引っ張った学ランの袖で覆った両手で缶を包み込み、やわらかな息を吐いた。
「あったかい……ありがとう、ツッキー」
 へへ、と笑うその顔はだらしがなくて、胸の奥がむずむずした。落ち着かない手の中にある小箱のリボンに指をかける。包装紙を開いてふたを上げれば、少し不格好なクランチチョコが箱の中に並んでいた。きっと試行錯誤して作ったに違いない。ひとつつまんで口に入れる。思ったより悪くない味で、知らず知らず噛みしめるように無意識にうなづいていた。
「良かった」
 ホッとした山口の声がした。さっきまで布ごしに持っていたココアの缶を素手で持ち、時々頬に押し当てている。どうやら少し冷めたらしい。
「早く飲めば」
「もう少し待ってからにするよ」
「何で」
「もったいなくて。せっかくツッキーがくれたから」
 にへら、と笑う山口の顔はゆるみっぱなしで、こっちまでつられてしまいそうだと思った。
「別に、そんな熱いの飲めないし」
「うん」
「たかがココア一缶だし」
「すごくうれしいよ」
 口元をマフラーに埋めると、冷たい鼻先に血が通いはじめた。じんじんとしびれるような皮膚の感覚と、胸の中のむずがゆさと、口の中の甘ったるい後味に、ただ唇を噛んだ。騒ぐ心臓に、うるさい、と毒ついた時、
「お返しくれるなんて思ってなかったから、俺、今すごく幸せ」
チョコみたいにとろけそうな山口の声がした。