それは突然の告白だった。
「俺、俺、ツッキーのこと、すすす、好きっ、なんだ」
 顔を真っ赤にした山口が僕の前で肩を丸めて立っている。口に出す一瞬前のその顔は、決意に似たものを忍ばせる固いものだった。いつもの部活の帰り道、何がきっかけだったのか、さっぱりわからないけど、僕が何をしたというのだろう。
 それで?と聞きたい気持ちを押し殺して、数センチ下にある頭を見つめる。くしゃくしゃの髪が風に揺れ、かすかに汗のにおいがした。震える肩が僕の言葉を待ちながらも拒絶しているのが分かった。
 そんなに怖いなら言わなきゃ良いのに。怯えに近い態度に少し心がざらついた。
「それで?」
 結局口から出た言葉はそれだった。他に思いつかなかったのを差し引いても、こいつの真意を聞くべきだと思った。山口は僕の声に一度震えて肩にいっそうの力を込めたけど、逃げ出すことはなさそうだった。ゆっくりと顔がこっちを向いて、僕の目を見るなり、唇を噛んだ。やってしまった、そんな顔をした山口の、震える唇が動く。
「ごめんツッキー、俺、気持ち悪くて」
「なんで謝んの」
 答えになってない。僕の言葉に、山口の顔がどんどんぐしゃぐしゃになっていく。
「だって、俺男だし、ツッキーモテるし、俺なんか、友達でいるだけで奇跡なのに、こ、告白とか」
 じゃあ何で好きなんて言ったんだ。僕の顔を盗み見るようにしながら山口はだらだらと、とりとめもない言葉をつないでいく。僕は茹でダコみたいに赤い山口の顔をぼんやり見ながら、山口とキスする自分を想像してみた。
「嘘とかじゃないけど、言うつもりなんてなくて、ツッキーがこういうの嫌だって知ってるのに、俺馬鹿だから、」
 山口の言ったことが本当なら、こいつは僕とそういうことをしたいと一度でも思ったことがある、そういうことなんだろう。
「じゃあ、キスとかしたいんだ」
会話の流れを断ち切った僕の一言に、山口は息を飲んだ。赤かった顔をこれでもかとこわばらせ、僕の顔を見ながら言葉にならない声をもらした。
「そんなこと、できないよ」
ようやく聞き取れた一言に、胸の奥がむかむかした。そして、そんな自分に顔をしかめた。
「なんで」
「だって、ツッキーに嫌われたく、ない、から…」
 堰を切ってあふれるように、その二つの目から大粒の涙がこぼれだした。頬を伝う雫があごを伝い、拭おうとした山口の右手を伝って落ちていく。この水はどこから来てるのだろう、そう感じるほどの勢いだった。そして、普段の日常では、山口の泣いてるところなんて見たことがないと気がついた。
オーバーラップするように、頭の中で声がする。僕の名をふざけたあだ名で呼ぶ、間の抜けた、それでも嫌とは思えない傍らの声。そして笑顔。それに対し、何をしたというのか。僕の何を、好きだという。
 濡れた山口の手をとる。熱い手首とは反対に指先の体温は、ほとんど残っていなかった。赤く染めた目が見上げて、おおげさに鼻をすする音がした。
「つ、ツッキー?」
「うるさい」
 近づけた顔の肌の温度から、別の生き物であることを実感する。触れた唇の柔らかさに、僕の頭がおかしくなったのか、そもそもおかしかったのかなんて、どうでもよくなった。今こうしてること、それが一番大事だと思えた。
 視界に戻ってきた山口の顔は、一瞬止まった涙の後を追うように再び濡れ始めた。
繋いだ手には温度が戻ってきたのか、僕の手の中に熱が生まれる。手のひらと甲の隙間を、肌から滲んだ汗が埋めた。
「死んじゃうよ、ツッキー」
 その手を見ている真っ赤な顔には、口には出さなかった言葉がハッキリと浮かんでいた。僕は吹き出すのをこらえて、気付かれないように軽く笑った。そしてそれは自然と自虐的な笑みに移っていった。