「ツッキーのことが好きなんだ」
 ある日、面と向かった幼馴染が告げたのは、世間一般では甘い響きとされる愛の告白だった。こちらの顔を凝視し、懺悔するように頭を下げたのは、なんでもない部活帰りの帰り道。分かれ道のその狭間、もう手を振って背を向けたはずのタイミングで、何故か初めて背中越しに呼び止められた。振り返り、駆け寄ってきたソバカスだらけの顔が苦しそうに歪んで、そして、観念したように諦観をにじませ、頭を下げた。
「どういうこと?」
 真黒な髪の隙間からのぞくつむじの渦を見下ろしながら、僕は我ながら冷静に尋ね返していた。
 山口はおびえているのか、何かを恐れている様子で体を震わせ、途切れ途切れに必死な調子でこう答えた。
「ツッキーのこと、恋愛対象として、好き、に、なっちゃった……って、ことなんだ、けど」
「それで?」
 僕の追及に、えっと、と口ごもる山口の声のもどかしさに苛立ちを覚えた。一向に返答がやってくる気配はない。部活の疲れだけでなく、週末の溜まりに溜まった疲れも加算して、一刻も早く家に帰りたい気持ちが募っているのに。
「えっと……その……」
「だから、それで僕にどうしてほしいって言いたいの?」
 ビクッと山口の肩が震え、足掻くのをやめたのか、妙にすんなりと白状した。
「ツッキーに、俺のオナニーの手伝いをして欲しい、です」
 なにそれ、と思わず口からこぼれ落ちた。山口は突然顔を上げたかと思うと、唇や頬を引きつらせるようにして、何故か笑った。
「そう、だよね……俺もそう言われるの、予想してた……」
 へへへ、と笑う山口の目は細められているが焦点が定まっていないのは明らかで、何だこいつ何で分かっててそんなことを言い出したんだ、と僕は妙に冷めた気持ちで山口の次の言葉を待っていた。
「ごめん……忘れて、」
「忘れられるわけないじゃん」
 山口の顔が強張る。僕の目を見上げ、逃げ道を失くした追い詰められた目を必死に泳がせて、次の言葉をなんとか見つけ出そうとしているらしかった。
「七年も友達として付き合ってきた幼馴染に、突然好きだって言われて、忘れられるやつがいたら教えてほしいくらいなんだけど」
「うん……ビックリ、する、よね……こんな俺と、もう、友達なんて、やってられないよね……」
「そうじゃなくて、オナニーの手伝いって、いったい何それ、って意味で言ったんだけど」
 え、と山口が目を見開き、大げさに瞬きを三回くり返す。すっと逸らされた目は、組まれた山口自身の手元に向けて伏せられて、意味もなくモジモジと動かされる指の動きに、無駄にマスターベーションの指の動きを想像させられて、胸のあたりがムカムカしてきていた。
「お前のペニスを触れって言われても無理なんだけど」
「そうじゃなくて、」
「じゃあなに?具体的に何しろって?」
「……あの、」
「お前がオナニーしてるとこ隣で見てろってこと?」
「違くて、」
「それとも何、SMみたいに詰って罵倒してほしいの?」
「そうじゃなくて!」
 声を荒らげた山口はしばらくの間、無言で肩で息をし、一度大きく深い息を吐き出したかと思えば、
「……ツッキーに、俺のおしりを、えっちな道具で、いじめてほしいんだ……」
 今にも泣きだしそうな声で、そう、言った。
「その道具は、もう揃えてあるの?」
 断る理由を見つけようとして、山口の言っていることがどれだけ本気か確認してみることにした。山口はたしかに一度首を縦に振り、顔を伏せたまま口先だけで、か細く返事をよこしてきた。
「いつも、使ってるのが部屋にある……」
「ふぅん……」
 本気なのか。そう結論が出てしまい、この筋道から拒否をするのは難しくなってしまった。それにしても、驚いたのはその返事の言葉だった。いつも、というのは、いつからの「いつも」なのだろう。毎日毎日変わらずべったりだったコイツが、いつからそんなものを使ってオナニーするようになったというのか。僕の知らないところで、どうしてそんな風に変わってしまったのか。そんな疑問が頭の中で渦を巻き、何故か次の瞬間、自分の知らない山口の顔があるのかと思ったら妙に腹立たしく覚えてきた。
「それを使いながら、いつも僕のことおかずにしてたってこと?」
 ぐ、と山口は言葉を詰まらせた。その反応が、あからさまに肯定の意を示している。
「つまりは、僕に犯されてる妄想してたってことでしょ?」
 少しずつ体を縮めて防衛の姿勢を見せる幼馴染に、僕は苛立ちを隠せなかった。そうか、僕の知らないところで、そんな迷惑なことをしてくれていたってわけか。
「あっそ、じゃあ、一回きりだから」
 その瞬間の山口の顔を見てみたい。そんな気持ちが自分の思考を埋めつくそうとしていた。好きなものも嫌いなものも、苦手なことや得意なものですら知り尽くし、ある意味すでに飽き飽きしているこの男の、唯一僕に見せていない顔。それを知らずにこのまま放っておくわけにいかない。何故なのか、その時は妙にその一心で口から返事が飛び出していた。今となっては、その時の自分はすっかり冷静ではなくなっていたのに、どうしてそんなことを言ってしまったのか不思議で仕方がない。
 次の日、半日で終わる部活の帰りに山口の家に二人で行くことを決め、その日はお互いそのまま帰ることにした。





 ピンクローターにアナルビーズ、紫色のバイブレーターと真っ赤なディルド。ずらりと並べられたそれらを見て、僕は呆れて物も言えなかった。ただただ深いため息をつき、目の前に並べられたそれらを端から端までざっと観察した。山口の部屋に敷かれた毛足の長いカーペットの上に、極彩色のそれらは大中小のサイズごとに並べられ、英語表記の外箱までご丁寧に添えてくれていた。どうやったらここまで揃えられるんだと疑問を抱き、思わずどこで手に入れたのかと質問していた。
 インターネットで、とばつが悪そうに答えながら山口は、アダルトグッズの列の終わりに大きなローションボトルを堂々と据えた。
 目を伏せた先にあった、中くらいの大きさのペニスの形を模したバイブレーターを手に取ってみる。蛍光色のそれはシリコン製らしく、表面がデコボコとしていて正直気分の良い物ではなかった。軽く振ってみるとやわらかく作られているのか、わずかにしなる。
「あの……」
 僕の手を盗み見ながら正座をして真向かいにいる山口がチラチラとこっちを見てくる。
「ふぅん、それで、これでいつもどんな風にオナニーするわけ?」
 山口は羞恥心からかなかなか返事をよこさず、どうかしたのかと見やれば、もうすっかり遠目でも分かるほど股間を膨らませ、もじもじと膝をすり合わせていた。
「よくこんな状況で勃起できるよね」
「ごめん……」
 うなだれた首元から耳の先まで真っ赤になっている山口を見ていると、ひどく愚かな生き物を見ているような気になってきた。
「僕にこれを入れてほしいってこと?」
 弱々しく「うん」と告げた声は、今までに聞いた山口の声の中で最も情けない響きをしていた。
「でも、それは、今すぐには入らないから……ちょっと、待ってて、ほしくて……」
「あっそ、じゃあさっさと始めれば? 服脱がないでやるわけじゃないでしょ?」
 わかった、と小さくつぶやいた山口は、のそのそと傍らのベッドに乗り上がった。膝をたて、パンツごと洋服を脱ぎ捨て、腰から下を露出させた。その際、ぼろりと勃起したペニスがこぼれ出て、山口の荒くなりはじめている呼吸に合わせて前後に揺れた。明らかに自分の性器よりも大きい。山口のくせに。そんなことを思っていると、山口は自らの手にローションをたっぷりと垂らし、濡れた指先で自分のアナルの入り口にその滴を塗りつけだした。べちゃべちゃと不快な音がしたかと思えば、ボトルを手に取り、広げた入り口に向かって差しこみ、じゅる、と流し込む音がした。
 その時点で想像よりもはるかに目を逸らしたくなる行為を目の当たりにして尻込みする自分がいたのは確かだった。山口は一番細いアナルビーズを手に取り、自らの穴へゆっくりと押し込み始めた。ひとつ、ふたつ。すんなりと突起部分が山口の体内へと吸い込まれていく。山口の顔は嬉しそうに歪んでいて、その表情もまたこちらの胸の中をざわつかせた。山口の頭の中では、どんな妄想の光景が繰り広げられているのだろう。
「ぁ、ん……ふ……」
 最後の球体を押し込み終えると、満足げな顔つきで山口は自らの下腹を掌で撫ぜた。その手つきがやけに艶めかしく、何故か少しだけぞくっと背筋に何か熱いものが走った。
「ツッキー……」
 吐息まじりに声をかけられ、意識を引き戻るように唇を引き結ぶ。
「何」
「ピンクの……ローターと、いちばん大きいビーズ、……ちょうだい」
 言われるままに差し出したが、手渡すのは気が引けて、山口の耳元のシーツの上に置くことにした。
「ありがと」
 そう言いながら山口の手は押し込んでいた一番小さなアナルビーズを引き抜き、ベッド下に放り投げていた。代わりに手に取ったアナルビーズを先ほどと同様に押し込み始め、それは倍以上の大きさだったのに、不思議なほどすんなりと根元まで入り込んでしまった。その手慣れた手つきに、何回コイツは同じようにオナニーしてきたんだろうと思わせられて、ドキリとした。ビーズを飲み込んだままのアナルは周りの筋肉が震え、ひくひくと開いたり窄んだりを繰り返している。
 片手にしたピンク色のローターの電源を入れると、無機質なモーター音が部屋の中を満たした。山口はそのローターの振動部を指で握りながら、服越しに自分の右の乳首に上から押し当てた。
「あっ、ん……んぁ、ぁ……ん……ん……」
 モーター音に紛れて聞こえ始めた山口の声が耳の奥まで響いてくる。ごくり、と知らぬ間に唾を飲み込んだ後で、何故自分が勃起しはじめているのか、理由が分からなかった。山口の声が漏れる度に、アナルから顔を出したアナルビーズの先端が小刻みに揺れている。さっきまで少ししぼんでいたペニスですら、今ではもう完全に屹立しきっている。そんなに気持ちがいいのか。手にしたままだったペニス型のバイブレーターを見つめ、好奇心としか言えぬ感情が胸の奥から湧き出ていた。これを挿れたら、山口はどんな反応を見せるのだろうか。
「ねぇ、……あ、……つっ、きぃ……それ……」
 気づけばローターを睾丸に当てている山口が、こちらの、僕の右手の、今まさに僕自身が見つめていたバイブレーターを見て口を開いた。
「それ、……ちょうだい……」
 もう一度生唾を飲み込んでいた。アナルビーズを引き抜いた山口のアナルはもうぽっかりとした穴になっていて、たしかに最初の頃は挿れられそうになかったこのバイブレーターを今すぐ押し込められそうな、そんな形に変化していた。それは性器だ、と直感が囁いていた。これを押し込むべきところだ、と。
 僕はバイブレーターを手にしたまま、片足をベッドの上に乗り上げた。ぐっと前かがみになり、山口の足に左手を添えた。
「え?」
 ローターのバイブ音が耳について煩わしい。山口は僕に手渡されるだけだと思っていたらしく、僕が山口のアナルにバイブレーターの先端を押し当てた瞬間、目を見開いた。ぐ、と押し込むと、それは簡単に中ほどまで吸い込まれてしまった。
「えっ、あっ……あぁ、あっ、ん……くぅ……つっ、きぃ……んぁ、あっ、なんで……」
「僕に挿れて欲しかったんでしょ」
 持ち手を、ぐっと握り直すと、山口の身体が大きくビクリと震えた。
「そう、だけど……ん、ぁっ、あ、ツッキー……きもちわるく、ないの……?」
「気持ち悪いけど、別に」
 ぐぐ、とさらに数センチ押し込むと、山口がぎゅっと目を閉じ、酸素を求めるように大きく息を吸いこんだ。
「あっ、あ、ツッキー、……あっ、ん、んん……」
「うわ、……こんな太いやつなのに、全部入った」
「ん……あぁ、……は、……ぁ」
 大きく胸を上下させ、山口は潤んだ目でこちらを見ていた。その目は期待の色に染まっており、それが妙に癪に障った。ひどいことをしてやれ、と心の中で誰かが囁いた。バイブレーターの小さなスイッチを指で押すと、鈍いモーター音に合わせて、山口の身体が背中から大きくしなった。
「あっ、あぁぁ、あ、ん……気持ち、い……ぁ、ああっ、」
「どうせ、僕にこうされるのだって、今まで妄想してたりしてたんでしょ」
「ん……あ、……ぅ、うん……」
 大きく喘ぐのに反して、山口は小さくうなづいてみせた。
「本当は僕にセックスしてほしいとか考えてるんじゃないの?」
 こくり、と素直に首を縦に振った山口が、憎たらしく見えて仕方なかった。
「言っとくけど、僕のなんてこんな大きくないんだけど」
 ぴん、と指でバイブレーターの柄をはじく。
「あ、ああ、つっきぃ……ん……好き……」
 予想外の一言に、背中がぞわりと泡立つ。こんな酷いことをしているというのに、それでもそんなことを山口は言えるのか。苛立ちに似たその感情の言いなりになるように、僕は山口の咥えているバイブレーターを握り、わずかに引き抜いた。
「あ、ああぁ、あ……あっ……」
 すかさず、ぐ、と最奥まで押し込むと、山口の腰が淫らに揺れた。
「ん、つっきー、もっと……もっと、ちょうだい……」
 何だこいつ、と舌打ちをしつつ、握ったままのバイブを揺すると、面白いように山口の身体が反応するのが分かった。こいつ、自分でやってる時もこんな状態になっていたのか。僕の知らないところで、勝手に、僕の幻影に犯されるところを想像して。
「こんなんで嬉しいわけ、お前は?」
「だって、ツッキーの手で……あっ、ん……俺、すごく、気持ち良くなってる、から……んん、」
 うれしい、と息ばかりが多く、上手く聞き取れない声で添えられたその言葉に、正直、ぞっとした。どうしてコイツは僕にそこまでの好意という執着を抱いてしまっているのか。放り出されたピンクのローターはベッドから滑り落ち、知らぬ間に足元のカーペットの上で勝手にふるえ続けている。
 次第に抜き差しをくり返すと、山口の中が水風船のように膨れているのが想像できる淫らな音がした。ぐちゃぐちゃと中でローションの溜まりを掻きまわしているような感触がバイブレーターを介して伝わってくる。
「あ、あぁ、あっ、ん、つっきぃ、俺、つっきぃが、すき……ずっと、こうしてもらいたくて、あ、」
 ぶるぶると震える山口のペニスに、山口の右手が覆いかぶさる。通常のマスターベーションの動きを始めた手の中で、山口のペニスの表面に血管が浮きはじめていた。勝手に自分だけ好きなタイミングで射精するつもりかと、僕は山口のその右手を払ってシーツの上に押し付けた。山口はそれでも僕の顔を見つめ、嬉しさと期待で混じった目でこちらを見続けている。その視線すら気に食わなくて、押し付けたばかりの右手の位置を、わざと山口の顔の上に移動させた。そんな目で僕を見るな。そんな意思表示をするために、山口の目を山口の手で塞ぐ。
「あっ、ん、ツッキー、好き、……ん、ぁ、好き……」
 うわごとのように繰り返す声に自然と煽られ、僕は自分でも分からないままに、自分の性器を下着の中から引き出していた。山口は大人しく自分の目を塞いだまま、未だに「好きだ」とバカのように繰り返している。じゃあ、その幻想をぶち壊してやったらどうなるんだ。そんな非常な自分が顔をだし、僕は山口の咥えているバイブレーターを一気に引き抜き、容赦なく代わりとばかりに自分の性器を山口のアナルに押し込んだ。
「え、あ、あぁっぁああ、あ、」
「手外したら、殺すから……っ」
 山口の中は熱く、ローションと腸液でどろどろにとろけていた。初めての感覚に性器を包まれ、すぐにでも射精してしまいそうな自分の現状に嫌気がさした。どうして自分はこんなにも興奮しきってしまっているのだろう。
「あ、あっ、つっ、きぃ、あっ、俺……」
 顔を覆った山口の指の隙間から、ぽろりと一つの滴が伝って頬のソバカスの上を滑り落ちた。泣いているのか。これが嬉し泣きだなんて言われたら、気分が悪くて吐き気がしそうだと思った。がくがくと揺さぶるつもりが山口の腰の揺れが先走って、きゅうきゅうと締めつけられる。そんなに締めるな、と思う反面、それを告げたら負けのような気がして口をつぐんだ。張り合う気持ちで腰を打ち付ける。
「あっ、あ……あっ、あぁぁ、」
 自分のできる最大限の荒さでグラインドをくり返せば、山口は反対に漏らす声をさらに甘くさせ、とろけるような恍惚とした表情に浸っていった。
「俺……あ、イク……イっちゃうよ、つっきぃ……あ、」
「ダメ」
 腰を抑えていた手で、目の前の山口の陰茎を強く握った。
「あ、ん……く、ぅ……」
「お前だけ勝手に出すなんて、許さないから」
 ガクガク揺さぶりながら言葉で抑止すると、手の中にある山口の性器が熱をさらに張りつめさせた。こいつ、本当に僕より大きいな、と改めて気づかされ、唇を噛む。
「あ、あっぁ、つっき、出させ、て……」
「ダメだって言ってるでしょ」
「だ……って、気持ちいいから、あ、ああ、」
 僕も出るから、と心の中で返事をする。マスターベーションでしか味わったことのない快楽の渦が、下腹から脳みそへと駆けのぼる。
「出すよ」
「えっ、あ、あああ、ん、んん、熱、つっき……あ、あ……」
 山口の性器から離した手で腰をつかみ、穿つように奥に先端を押しこめて射精した。僕が手を離したと同時に、びくびくと震えた山口もペニスから大量の精液を吐き出した。ぞくぞくと余韻を残して神経を伝う快楽の波に、息を吐きながら、僕は一気に腰を引きはがした。山口のアナルからは数秒の間を置いて、ローションなのか腸液なのか、はたまた僕が吐き出した精液なのか判別のつかない、白く濁った汚い液体がドクドクと山口の痙攣に合わせて流れ出てきた。醜い。その形容詞が最もふさわしく見えて、僕はさっさとベッドから降りた。
 足元で未だ震えているローターの電源を切り、ベッドサイドにあるティッシュボックスから引き抜いたティッシュ数枚で性器を拭う。頭の中では、まだ山口の「好き」という声の響きが何度もリフレインし、すっかり脳みそにこびりついてしまっていた。
 荒く煩い山口の息遣いが収まった頃に、山口がへへ、と間の抜けた調子で笑った。それは満足感に満ちていて、羞恥心と達成感を同時に含んで、意味深長な笑い方だった。ただ、吐き出した息の色に悲哀はなく、ただただ嬉しそうに顔を緩め、自らの汚れたアナルからこぼれ落ちた白濁した液体を指で拭い取り、すかさず口の中へ押し込んだ。美味しそうに、ちうちうと吸い取った後、単なる満足感に満ち足りた顔で、山口は微笑んだ。その顔があまりにも強烈な色を示していて、僕の背には一面、鳥肌が立った。
「ツッキー……ありがとう、気持ちよかった……」
 こちらを横目に見て、喜びの感情で微笑んでいる幼馴染に、さらに背筋にゾクゾクとした何かが広がっていった。
 なんてやつに好かれてしまったんだろう。僕は純粋にそう思った。僕に性器を押し込まれ、レイプにも似た調子で犯されたというのに、それでもまだ甘く僕の名前を呼ぶコイツの頭の中は、一体どうなってしまっているんだろうか。
 怯えに似た感情を抱きはじめている僕のことなんか気づくわけもなく、山口はその後、何もなかったように汚れた性器を拭き清め、洋服を身に着けると僕を玄関先まで見送った。
「じゃあ、ツッキー……またね」
 未だ上気した頬をいつもの笑顔で緩ませながら手を振られたが、その仕草はもう今までどおりには受け取れなかった。何も言わずに帰宅した後で、僕はふとした違和感にようやく気が付いた。
 山口の最後に口にした「またね」は、どういう意味の「またね」だったのだろうか、と。