高層階とは思えない質の良いシャワーを浴びて部屋に戻ると、東京の夜景を背景にベッドに腰かけた山口が、シャンパンのボトルを片手に僕を出迎えていた。
「せっかくだし、どう?」
先にシャワーを浴びてバスローブ一枚でくつろぐ山口の顔は、披露宴会場を後にした時に比べればいくらか素面に戻っていたが、アルコールによる機嫌の良さは継続している様子だった。どこから見つけ出してきたのか、見るからに高そうなボトルのシャンパンと、細身のグラスを一つ手にして、どうやら自分がシャワーから戻ってくるのを待ち構えていたらしかった。
「先どうぞ」
頭に被せたタオルに指をのせ、まだ湿った髪の水気を拭う。きっとこれほどの高級ホテルなのだから、ルームサービスも備え付けの設備の使用料も宿泊費にすべて含まれているのだろう。その支払いがあの元マドンナ夫妻であると分かりきっているからこその山口の提案に、どこか、唇の端が緩んでいく。そういう悪知恵を働かせるのは、自分も嫌いな方ではない。
「じゃあ、一足先に」
嬉しそうに唇に笑みを浮かべた山口は、手にしていたグラスにボトルの口を近づけ、傾けていく。どうやら人がシャワーを浴びている間に、早くもその栓を開けていたらしい。こっちが飲まずとも、一人で飲む気満々だったことが分かり、なおのこと、山口の調子の良さに唇の端を引き上げていく。
「ん、さすが」
ひとくち、グラスに口をつけた山口が喜びの様子で目を見開く。酒の味は正直、自分より山口の方が詳しいだけに、その口に合うもので良かった、などと、ひとり胸の内で安堵する。くっ、とグラスの半分ほど注いであった残りのシャンパンを、グラスを返すように飲み干して、山口は嬉しそうにこちらに笑みを投げかけてくる。
「すっごく爽やかで飲みやすいから、これ、ツッキーでも結構飲めるんじゃないかな」
ふぅん、と視線を投げかけ、ほぼ乾いた髪にドライヤーをあてるため、洗面所の方へ向かう。目を閉じてドライヤーの風を浴びていると、ふわりと脳みそが残ったアルコールで緩く痺れているのが分かる。悪くはないその感覚にまどろみながら乾いた髪に指を通し、軽くなったバスローブの肌触りに手を当てる。自らのマウントを得るために金を積んで人を招待してきた金持ちの道楽に付き合った報酬としては、悪くないだろう。
まるで羽織っていないかのような軽いパイル地のローブを纏ったまま部屋に戻れば、ベッドの上で待っていた山口は、早くもボトルの三分の一を飲み干したのか、かなりの上機嫌で僕を出迎えなおしていた。
「ツッキー、やっと来た」
嬉しそうに顔をゆがめ、手にしていたグラスを煽って空にすると、嬉々としてボトルから注ぎ入れて半分ほどを満たしていく。
「はい、どうぞ」
差し出されたグラスを受け取ろうと、山口の座るベッドの真横に腰を下ろそうとしたら、不意に山口の手がバランスを崩し、伸ばしていた僕の手の上へと注がれていたシャンパンがグラスごとひっくり返ってきた。
「あ、ああ、あああ、」
慌てた様子の山口が僕の濡れた手を取る。片手でシャンパンのボトルを握りしめたまま、もう一方の手で僕の手を掴んだ山口は、何を思ったのか、シャンパンで濡れた僕の指先に顔を近づけると、迷わず、その水滴へ舌を伸ばしてきた。べろり、と肌を舐めあげられ、その感触に顔をしかめる。さっき部屋に入るなり贈られた熱い口づけの感触の記憶と相まって、身体の奥がざわりと波立つ。肩を震わせたこちらの反応など見えないのか、それとも見て見ぬふりをしているのか、ローブの袖から伸びた僕の腕に伝うシャンパンの雫を舐めとるように、山口の口元が移動して、その舌先が皮膚の上を伝っていく。
「ちょっと、くすぐっ……、たい」
半笑いで文句に似た声を上げれば、いたずらの見つかった子供のような目で、山口がチラッと僕の顔を見上げてくる。ああ、確信犯だな。そう感じた瞬間、目の前の山口がニヤッと意地悪く笑ったかと思うと、スッと手を離し、手にしているシャンパンのボトルを目線の高さまで掲げていた。中の液体は半分ほどにまで減っているらしく、それを確かめた山口がキョロキョロと視線を床の上に泳がせていく。さっき手から滑り落ちたグラスは視界には残っておらず、どこか隅の方へ転がっていってしまったようだった。首を傾げ探す素振りを見せていたくせに、一向に立ち上がろうとしない山口は、あろうことか、手にしていたボトルの注ぎ口に直接自らの唇を近づけようとした。
「ちょっと、」
わざとらしいその仕草に、振られた挑発を受けようかと、自分の中の気まぐれな感情が疼きだす。山口の目の前、さっき舐められた手ともう一方の手のひらを並べて、軽く器のように丸めて差し出してみる。さて、山口はどう返してくるのかと目をこらして待ち構えてみれば、意外そうに見開かれた山口の目が嬉しそうに細められていく。様子をうかがうように顔を覗き込まれ、やれるならやってみれば、と微笑みで返事をすると、おもちゃを与えられた犬のような喜びようで、山口が僕の手の中へ握ったシャンパンのボトルの口を傾けた。トク、トク、と注がれた炭酸交じりの液体が手の中に水たまりを作り、指の隙間からじわりと垂れた水滴がローブの膝の上に滴り落ちる。その様をもったいなさそうに見つめた山口の唇が追いかけてきて、僕の手の中のアルコールに口をつける。ずず、と啜られた音がして、べろっと手のひらを舐めあげられる。滲んで伝った指の隙間に山口の舌の先が挿し入れられて、指の先、関節のしわまでも余すことなく舐めとろうと、這わされていく。その感覚に脳みそが痺れ、ローブの内側の身体に熱がこもり、意識せずとも自然と身じろぎをする。
自分の体温と山口の触れた唇や舌の熱によって、鼻先にシャンパンの匂いが蒸せるほどに込み上げて、周囲に満たされていく。まだ飲んでもいないのに、その甘い香りが空気を伝って脳に浸み込んでくるような、そんな錯覚が襲っていた。
「美味しい」
僕の手のひらから顔を上げた山口が、満足そうに唇の端を舌先で拭い取って、笑みを浮かべる。
「それなら、もう一杯……?」
ふわふわと緩んだ思考に流されるように、解いてすらいない掌の盃を山口に向けて、もう一度差し出してみる。山口は嬉しそうに微笑むと、ためらうことなく僕の手の中へ、再びそのボトルからシャンパンを注ぎ入れた。
「俺ばっかりじゃもったいないから、」
そう言って僕の手に手を添えた山口が、そっと僕にシャンパンの満ちた掌の盃を近づけてくる。
「ツッキーも、飲んで」
仕方なく注がれた液体に唇を寄せ、自らの手の中にあるアルコールを飲み干していく。グラスで飲むよりも体温で温まったアルコールは香りが強く舞うようで、鼻先全体を覆いながら飲む洋酒は激しく脳を揺さぶってくるようだった。舌先に刺さる炭酸の刺激が喉に伝い、ブドウの濃い風味が胸の方まで浸み込んでくる。ああ、これは確かに酔う。確信をもって顔を上げれば、出来上がった様子の山口が待ってましたと言わんばかりに僕の手に手を添えて、肌の上に残ったわずかな液体を逃さぬよう、舌を伸ばしてきた。
掌の表面を拭い、指の腹から付け根の股にかけて山口の舌がつたっていったかと思えば、そのまま手首の方へと進められ、関係のない腕の内側、ローブの袖の隙間にまで山口の顔が近づいてくる。ぞわぞわと走る甘い痺れにアルコールの浮ついた脳みそが馬鹿みたいに震えを起こし、このまま流されても良いと頭の片隅で答えを出している自分がいた。
シャワーを浴びてさっぱりしたはずのローブの内側は滲んだ汗で湿り始め、山口によって舐められた指や腕はすっかり甘さを纏って汚されている。それでも振り払う気などはさらさら芽生えず、距離を縮めた山口の次の動きを自らの思考は待つばかりでいる。次はどうするつもりかと視線を送れば、目の合った山口が嬉しそうに笑いながら、その手にしていたシャンパンボトルに口をつけるやいなや、僕に唇を重ね、その口中に含んだ液体を合わせた唇から流し込んできた。とっさのことに驚きつつ、なんとか飲み下そうと喉を動かしても、その何割かは唇の隙間をこぼれおちて、顎を伝って首元へと垂れていってしまう。強いアルコールの香りと、山口から与えられる口づけの刺激に頭がぼんやりとし、息苦しさに目を細めていく。合わされた舌の表面はシャンパンの甘みを味わうように動かされ、最後に汚れた唇の表面を舌先で拭い取られたかと思うと、すぐに顎から首元へと、シャンパンのこぼれた道筋をたどるように、山口の唇が場所を変えて吸い付いていた。
鎖骨に溜まった水滴を残さず吸い取った後で、すっかり酔いに蕩けた僕の目を、山口が覗き込んでくる。
「ツッキー、美味しい」
それはシャンパンの感想なのか、はたまた行為への感想なのか分からずとも、山口が特に上機嫌でいることはハッキリと伝わってきていた。
「それなら、もっと、味わってみれば……?」
こっちはまだまだ潰れずに付き合ってあげられるけど、と遠回しにけしかける言葉を告げてやる。すると山口は、そうこなくちゃ、と言わんばかりの顔つきで、ベッドの上に肘をついた僕の胸元、ローブの襟の合わせを広げると、シャンパンの残りを僕の胸の上へと零しはじめていく。注がれたアルコールは生ぬるく肌の上を伝い、ローブの内側、腹の上へと流れてローブの隙間に吸い込まれていく。
「ちゃんと綺麗にしてくれないと、怒るから」
挑発するために軽い口調で笑って告げると、山口も同じく軽い調子でニヤニヤと笑いながら、うなづいてみせた。ベッドの上、中央に近づくために、ついた肘で後退した僕を追いかけて、山口がベッドに手をついて覆いかぶさってくる。ホテルの部屋の高い天井から下げられた照明の光を遮って、山口の身体が影を落としている光景に、ふっ、と目を細めてしまう。ああ、この瞬間の山口の顔が一番好きかもしれない。そんな馬鹿みたいな浮かれた言葉を胸の内で囁いている間に、山口の頭が僕の胸へと降りてきて、みぞおちのあたりを舐められていく。ぞわり、と広がる気持ち良さに首をのけぞらせ、顎をそらす。ローブの下は何も身に纏ってはいない。すぐに山口の唇が胸元をまさぐり、右胸の乳首に触れたかと思うと、強く歯を立てられていく。
「ん、……っ、」
思わず吐いた息の熱さにシャンパンの香りを感じ、ああ、今自分は、思ったよりも酔っているのだ、と自覚させられる。ちゅ、と山口の唇が立てる音が鼓膜を刺激し、脳を揺さぶっては体温を上げていく。自分の意志とは関係なく腰が震え、足先が痺れて小刻みに跳ね上がる感覚に、唇の端が緩んでしまう。吸われて摘ままれ、山口の唇の動きと合わせて、触れられた左の胸の乳首までも強く刺激されていく。
「ぁ、ぅ……ん、……っ、」
ぞくぞくと神経を震わせる熱い感覚に意識を浸すと、胸の上で山口が左右を入れ替える気配がして、さらなる刺激が脳を駆け抜けた。
「ん、おいし……、」
わざと音を立てて吸い付く山口が独り言のように囁く。その声色に興奮を抑えきれず、熱い息を吐けば、最後の仕上げと言わんばかりの仕草で、山口の舌が丸く円を描くようにして舐めていった。唇を離した山口の片手だけが胸に残されたまま、ローブの内側を探るように山口のもう一方の手が合わせを広げていく。片手で胸をいじられながら、腹へと進む山口の舌先の動きを感じて、その先、行きつく先の場所を意識しては、期待に体温が上がっていく。
さっきの約束を守るように、山口は丁寧に汚れた肌の上、シャンパンの味を堪能するように、じっくりと舌を這わせて舐めとっていく。犬のようなその動きに軽く笑みを浮かべながら、楽しそうに舐め続けている山口の様子に、愛しさが湧く。もうシャンパンの道筋など続いてはいないはずの場所になっても、山口は変わらず口づけに似た動きを続けては少しずつ腰元へと顔を近づけていく。
「解いていい?」
とうとう腰元のひもに山口の唇が近づいて、そう囁かれる。ここでダメだと言ったところで興ざめでしかないはずだが、どんなに酔っていても律儀に聞くのが、山口のらしさではある。聞かれたなら、ただ『良し』をするのもつまらないかと、頭に浮かんだ提案を口にする。
「手じゃなくて、口でなら、いいよ」
自分でも笑えるほど力のない笑みと共に囁いた言葉に、山口はテンションを上げたらしかった。満面の笑みを浮かべると、本物の犬のように大きな口を開け、ローブの結び目に歯を立てた。顔の角度を何度も変え、楽しそうにひもの結び目を緩めた山口の顔が、そのままローブの合わせを開いていく。捲られたパイル地の布の内側から顔を出した自分のソレを前に、目を輝かせた山口の唇が迷わず近づいてくる。
「ん、……っ、」
今の今まで続けられていたのと同じ調子で触れてきた山口の舌先に舐められ、ぞくり、と全身の肌が粟立つ。ビクッと震えたこちらの反応を目にして、ニヤニヤと笑ったままの山口が嬉しそうに、さらにもう一度舌で触れてくる。
「ぁっ、……ぅ、……ん、っ、」
そこには自分の、いつもの肌の味しか残ってはいないはずなのに、視線の先にいる山口は普段の何倍も美味しいものを堪能するかのように、目を細めて何度も押し付けた舌の表面で撫で上げていた。その度、ぞく、ぞく、と背中を伝う熱い刺激に、勝手に口から声が漏れ出していく。
「……っ、……あ、……んっ、ん、……っ、」
チカチカと閉じたまぶたの内側で細かく光が散る感触がして、脳の奥が刺激で痺れてくる。このまま達せられるのは癪な気がして、必死に目を開ければ、四つん這いになっている山口の腰元、ローブの合わせから、山口の性器が硬くそそり立っているのがのぞき見えた。そっちも相当キツイんじゃないのか、と伸ばした足の先、素足の指で根元を突けば、驚いた様子の山口が顔を上げた。さすがに今日は山ほど飲んで、相当、腹も膨れている。このまま最後までするには山口も飲みすぎている状態であることは、いくら酔っ払っている山口本人でも判断がつくに違いなかった。
「こっちだけ、じゃ、収まり悪いでしょ」
掠れた声で囁けば、不思議そうに目を見開いて首を傾げた山口が、少し身体を持ち上げる。剥がれた身体の腰元を追ってローブ越しに山口の股間に触れれば、察しがついたのか、ベッドの上に座った姿勢で、こちらに膝を近づけてきた。その腰元、ローブの合わせを縫って手を滑り込ませる。熱く硬くなった山口の陰茎に触れると、山口が細かく肩を震わせ、軽く息を飲む気配がした。数センチ、こちらから膝を近づけ、その根元に指を絡める。すると山口の方も、はだけた僕のローブの中に手を差し込んで、同じように指を絡めてきた。探るように指を動かし、そのくびれに指を這わす。目の前で山口が顔を歪ませ、気持ち良さに息を吐く様子に目を細めれば、お返しと言わんばかりに山口の手が僕の亀頭を指先で突いてくる。甘い痺れが腰から広がり、自然と笑みがこぼれ、うつむいていた山口と、ふと、目が合っていた。お互いに手を休めることなく、少しずつ距離を縮め、気づけば唇を重ねていく。さらに近づいた腰元で、山口と自分の手と手がぶつかり、どちらが提案したわけでもなく、自然と一緒に手の中で触れ合わせる。
ぶつかった亀頭の熱さに、ぞくり、と肩を震わせると、追い立てられるように唇の端を大きく舐めあげられていた。
「……はっ、……ん、……っ、……う、」
にち、にち、と滲んだもので濡れた表面を擦る度、手の中から、かすかな音が漏れ聞こえてくる。それに伴って身体を駆け巡る熱の高さに、頭の中が煮えたぎりそうになっていく。重ねられ、塞がれた唇の隙間に山口の舌が割り入ってきて、震える舌先をすくうみたいに裏側をしつこく撫ぜられていく。
「ん、んっ、ん……っ、」
びくびく、と自分の身体が快楽で震えだし、制御が効かなくなっていく感覚に脳が浸されていく。ああ、きもちいい。息苦しくも酸欠からくる甘い痺れに目を閉じれば、さらに強く、山口の手の指先に力が込められたのが分かった。そろそろ、もう、出したいのかもしれない。そう思いながら、自分も、握る手の指先に必死に意識を向けようとするのだが、どうにも、鈍く蕩けた身体は上手く動いてはくれないようだった。キスの合間に大きく息を吐き、吸う。それでもしつこく追いかけてくる山口の唇に塞がれ、喉の奥でくぐもった声を発していると、痺れて浮つく舌の先に、軽く歯を立てられる。ギュッと閉じた視界で限界を感じていると、パッと離れた山口の唇から零れた熱い息が首元にかかってきて、それを合図に、ぐるり、と先の方を大きく撫でまわされた。
「んっ、……ぁ、っぁ、」
目と鼻の先で山口の声がして、目を開ければ、目の前で大きく身体を震わせた山口が、お互いの手の中で射精しはじめているのが分かった。その熱い精液の温度と、山口の性器から伝わる繰り返しの動きと震えの感触に、ぞわぞわと興奮が全身を覆って、気づけば自分もつられて射精をしていた。フッと全身の緊張が腰元へ集まり、解放の感覚と共に熱が散っていく。ぶるぶると背中が震える感覚ばかりが、しつこくこびりついて広がって、同じリズムで引きずり出されるように声が漏れていく。
「ぁ、ぁぁ、ぁ……、っ、……、」
荒い息を吐いては、お互いの精液の最後の一滴まで絞り出すように、山口の手が根元から先へと繰り返し動かされる。その緩い刺激に、長く後を引く余韻が重なって、気だるさばかりが全身を覆っていた。深く息を吐き、視界が明瞭になるころ、山口の手がようやく離れて、その汚れた手を拭うため、サイドテーブルのティッシュを掴みに行ったようだった。
手を拭った山口が隣に戻ってくる前に、気が抜けた自分はベッドの上に倒れ込んでいた。満足感に、何度もゆっくり瞬きを繰り返す。乾いた唇を湿らすため、舌先で唇の端を舐めてやると、山口の唇から移っただろうシャンパンの味が、かすかに舌の上に広がっていた。
「……甘い」
苦笑に似た息を吐いた自分に、ティッシュを差し出す山口が不思議そうに首を傾げていた。その視線に応えるのも面倒に思え、敢えて首を横に振る。
「こういう味わい方も、たまには悪くない、って思っただけ」
ティッシュを差し出したままの山口は、まだほろ酔いの顔つきで嬉しそうに笑みを浮かべると、ふわり、と触れるだけの口づけを落としてきた。そのあまりに優しい触れ方に、自然と唇の端が緩んでいく。ああ、やっぱり自分は、間違いなくこの世の誰よりも幸せに違いない。目の前にいる男の顔を見つめては、やはりそう、心から思わざるを得ないのだった。