ツッキーの身体は、思ったより大きい。もちろん俺より身長が高いのは当たり前だけど、実際に触れて、この両腕で囲うように抱きしめると、いつも、そう感じる。だけどその身体が、はじめは俺の身体と見えない隙間の距離を置いて接していたのが、少しずつ、呼吸を繰り返すほどに、俺の身体とぴったりとくっつきあって、お互いの体温の境界が曖昧になっていく。その移り変わりの中で、じわり、と二つの身体の間に広がる、あったかいソレを感じると、ツッキーの身体が、ホッと息を吐き出すのが分かる。
それをツッキーは何と呼ぶのか、ずっと、俺と触れ合う中で探し続けていたのだという。ふとしたきっかけでその事実を教えてくれたツッキーに、俺は、つい、「愛」なんて言葉を添えたけれど、でも、ツッキーと触れ合う度、お互いの体温を滲ませ合う度に、俺の回答は大間違いというわけではないんじゃないかなぁ、と思うのだった。
「もうちょっと、大丈夫?」
背中に感じるツッキーの手の感触に、俺はツッキーが一生懸命応えてくれようとしているのだと理解しながら、抱きしめたツッキーの耳元で囁いた。
ん、と声になるかどうかの曖昧な音で、ツッキーが返事をする。今日は約束の金曜日。薄暗い公園の隅で隠れるように抱きしめあった俺たちを、小さな街灯が遠くから照らそうとしていても、その光は一向に届かない。人気のない植木の陰で、俺とツッキーは毎週こうやってお互いの感触を確かめ合っていた。この時間を迎えると、決まって俺は、今週一週間もツッキーと一緒にいられて良かったなぁ、なんて、心から思うのだった。
部活帰りの放課後のツッキーは、ほんの少し、汗ばんだ匂いがする。毎週金曜日のこのタイミングはもちろん、最近では、時々、デートの終わりや、お互いの部屋に遊びに行った最後にも、俺はツッキーの身体をぎゅっと抱きしめるようになった。もちろん、その前には必ず、ツッキーにしていいかどうか、確認するのだけど、最近は、むしろツッキーに、
「いちいち、聞かなくても良いから」
と言われる回数の方が多くなっていた。それでも俺は癖で尋ねてしまうから、いつもツッキーには呆れたような顔をされてしまう。でも、やっぱりツッキーはこれまで一度も俺に「嫌だ」と返事したことは無いだけに、俺は絶対に分かりきっている金曜の帰り以外のタイミングでは、手で触れる前に言葉で確認したくなってしまうのだった。
金曜の放課後、こうしてツッキーと距離を縮めると、必ず、ふわりと汗の匂いを見つける。もちろん、部活後の帰り道なんだから、いくら着替えていても、そうなるのは当然で、でも、普段は感じないツッキーの肌の匂いを鼻先で感じることで、改めて、すごく近くにツッキーといるんだと、実感する。
最初は固いツッキーの身体も、その熱を感じるようになって、ホッと息を吐くと、ほんの少し柔らかくなっていく。するといつも何故か、ツッキーの首のあたりから、ふわりと汗のにおいに混じって、感じたことのない甘いにおいが、ほんのりと感じられるようになっていく。最初はボディソープかシャンプーのにおいかと思ったけれど、ツッキーの家に泊まらせてもらった時、そのどれとも違うことは確認していた。もちろん、ツッキーの使っている整髪料や制汗剤のにおいとも違っていて、俺は、なんだろう、と思いつつ、でも、そのにおいを見つけるたび、深く、息を吸い込んでみるのだった。それはとっても美味しそうなにおいがして、いつも俺の胸の奥を軽く締め付けて、でも忘れられない中毒性を含んでいた。
すぅ、と胸の奥まで空気を吸い込むと、キラキラと身体の中で輝いているみたいな、錯覚がした。今日は特に、甘い。美味しそうだな、なんて考えながらツッキーの身体を抱きしめなおすと、改めて強く感じられた。うっとりするような心地の中、目を閉じて、においの強いところまで鼻を近づけると、不意に、とん、と唇に柔らかいものが当たった。
「……っ!!!」
瞬間、ビクッと大きく震えたツッキーの身体が、俺の腕の中で強張って、俺の背に触れていた両手が肩に載せられた。ぐいっと引き剥がされるように押しのけられて、
「えっ、あっ、えっと、」
今自分が何をしたのか、自分の唇が触れたのは何だったのか考えている間にも、目の前にいるツッキーが、真っ赤な顔で俺を睨みつけ、そして、俺を剥がすために肩にのせていた手の、左手で、真っ赤に染まった耳たぶを覆い隠した。あ、と思うより早く、
「ごめ、ごめん、」
調子に乗った自分を頭の中でめちゃくちゃに想像で殴り続けながら、謝ろうとする俺に、
「謝るのは、無し……!」
真っ赤になった顔で、涙目になったツッキーが、小さい声で、それでも俺を制するように、言い切った。片手で耳を覆いながら、それでもツッキーは俺の顔を睨みつけて、荒くなった呼吸を必死に抑えながら、続けた。
「何で、いつも余計なタイミングでは無駄に聞いてくるくせに、こういう時、こういうことだけは、聞かないの……!?」
反対でしょ、と唇を噛んで睨んでくるツッキーの目と、目が合う。恨みがましい目つきで俺を見下ろすツッキーに、俺は、ごめん、と言いかけて、謝るなと釘を刺されたことを思い出し、仕方なく、別の言葉をとっさに口から出した。
「ツッキー、気分悪くなってない?大丈夫?」
俺の問いかけに、一瞬考えるような間を置いて、ツッキーは、フッと息を吐き出した。
「いつもと、違った」
その湿っぽい吐息は俺の頬ぎりぎりのところを流れ、伏せられたツッキーの両目の縁でかすかに震えるまつ毛の仕草に、俺は、一瞬、ドキリ、として、見とれてしまいそうになった。ごくり、と無意識に生唾を飲み込み、
「違う、って、何が……?」
目の前で唇を噛みながら、視線を泳がせながら、ツッキーは声を震わせながら囁いた。
「ゾクゾクした、けど……嫌、な感じは、しなかった」
その響きと、艶っぽいツッキーの表情に、騒がしくなりだしていた心臓が大きく震えると同時に、俺は自分の体温がグン、と引き上げられるのを感じていた。ぞわっと身震いとともに自分の中に湧きおこった衝動を見つけ、必死に飲み込もうと、ゆっくり、意識して瞬きを繰り返す。勃った、なんて目の前にいるツッキーに、口が裂けても、言えそうになかった。
「反省、して、ます」
街灯の少ない公園で良かった、と内心は思いつつ、俺は、建前の言葉をツッキーに向けて発した。
「それは、したことに対して?それとも、する前に聞かなかったことに対して?先の方の反省だったら、必要ないから」
真っ赤な顔のまま強がりに似た口調で告げたツッキーに、俺は、内心、ずるいなぁ、と大きな声で叫び続けていた。ツッキーは、こういうところが、ずるい。
不意の事故でなく確信的に俺がそれをツッキーに出来るようになるのは、いつだろう。そんなことを考えつつ、とりあえず俺は、分かった、とツッキーに返事をした。ツッキーは満足そうに、それでいい、と言いたげな顔で俺を見下ろすばかりだった。