「ツッキー! 見て! マグロ!!」
 ミュージアムショップの入り口、数多くのお土産の並ぶ棚の一番手前の目立つ場所に、それは山になって積み上げられていた。大きな等身大にも近いサイズのマグロのぬいぐるみ。思わず駆け寄って手を伸ばした俺に対し、ツッキーは、後ろからゆっくり近づいて、ふぅん、と一言、小さく漏らしただけだった。
「結構抱き心地いいし、大きさも充分だし、抱いて寝たら気持ちよさそう」
 ふわふわの布地は柔らかく、手の温度を優しく跳ね返すようで、すごく暖かい。その頭を撫ぜ、身体を抱き寄せて感触を確かめては顔を緩めている俺に対し、隣に立つツッキーの目は、呆れと軽蔑の混じった、非常に冷たいそれだった。
「え、マグロ、欲しく、ない?」
 優に1メートルは越えているだろうマグロの頭を両手で挟みながら、ツッキーの方へとふざけて向ける。マグロのぬいぐるみの、黒いプラスチックの半球で出来た瞳と俺とを交互に見やって、そして、
「いや、さっき散々見たでしょ、もっと大きくて速いヤツ、」
 なのに、と続きそうなツッキーの唇が、俺の顔を見て言葉を飲み込む。その続きは何だろう、『そんなものが欲しいの?』なのか、それとも『そんな反応するなよ、いい年して』の方なのか。
 さすがにちょっと、はしゃぎ過ぎたのかと反省の気持ちで口を噤めば、一歩、棚に近づいたツッキーが、手元の、俺が手にしているものよりもツーサイズは小さいマグロのぬいぐるみを見下ろし、そっと、その額を指で撫ぜた。
「可愛いよ、よくよく見ると、案外」
 ダメ元のプレゼンを続けようと言葉を横から添えると、ハッと振り向いたツッキーが、滅多に見せない険しい顔で俺を睨みつけていた。
「これが……可愛い……?」
 まるで宇宙人を見つけたかのようなツッキーの視線に、俺は軽く身を退いて顔を逸らした。抱きかかえたマグロのぬいぐるみは、強く抱きしめ直すと、気持ちのいい反発を感じて、不思議な安定感を与えてくれていた。あ、このぬいぐるみ、思った以上に抱き心地が良い。そんな事実に胸を突かれていると、さらに、じとっとしたツッキーの目が、俺を横から射抜くように睨み続けているのが視界に入った。
 そんな顔で見なくても、と言いかけた口を意識して閉じる。ツッキーはどうして、こんなに渋い反応をしているんだろう。
「もしかして、『また無駄な物を増やして』って思ってる? 大丈夫、今日はこれ以外のお土産、買わなくても良いって、もう思ってるくらいだから」
 目の前のツッキーは、眉一つ動かしもしないまま。
「あ、えっと……『家の中が狭くなるのが嫌だなぁ』、ってこと? それは、その、俺、寝る時、邪魔にならないように、こう、ぎゅっとして、ツッキーに迷惑にならないように気をつける、約束するよ」
 強くぬいぐるみを抱きしめた俺の手を、じと、っと見続けるツッキーの目線は、変わらないどころか、その冷たさを増すばかり。
「あ、あー……、ほら、支払いは俺が全部するし、あとは、その、ツッキーも抱き枕として使いたかったら、好きに、」
 はぁ、と目の前でツッキーが呆れの感情に満ちた息を吐く。その響きに、俺は何か無意識の地雷を踏んでしまったのかと身を縮める。
「抱き枕、欲しく、ない……?」
 恐る恐る尋ねた俺に、ツッキーはまだ白けた視線で、こう返すだけだった。
「そんなにマグロと一緒に寝たいんだったら、勝手にすれば?」
 冷たく言い放ったツッキーの声の響きに、あれ、と目を見開く。今、どこか、ツッキーから、拗ねたような感情が垣間見えたような。思うと同時に、確かめたい感情から、
「え、一緒に寝るのが嫌、ってこと?」
 尋ねた俺に対し、ツッキーの横顔は、ムッと唇を尖らせ、どこかきまり悪そうに視線を泳がせた。そっか、と気づきの感情で、パッと俺は声を上げた。
「分かった、ベッドには持ち込まないようにする、」
 は、と照れたような顔つきでツッキーが見返してくる。その反応を目にして、やっぱり、と確信しながら言葉を続けていく。
「ベッドじゃなくてリビングのソファで使うようにする、二人の寝室に邪魔者なんて、ツッキーが寂しく感じて当然だもんね、失礼なこと言って気づかなくて、ごめん」
「誰もそんなこと、言ってないから」
 照れた様子で、ツン、と言い放つツッキーの横顔は、困ったようにも、どこかホッとしているようにも見えて、俺の目にはそれが、めちゃくちゃ可愛い表情として映って仕方がなかった。ツッキーは、変わらず拗ねたような顔つきのまま、
「さすがに、ベッドの中でまで、マグロとスリーショットにされるのは勘弁してほしい、ってこと、だけ」
 負け惜しみのように言葉を続けるものだから、ニヤニヤして笑いを堪えるのに必死だった。きっと俺が喜んでいると気づいたら、ツッキーに怒られてしまうに違いない。気づかれないように、と顔に力を入れて我慢しようとするのだが、どうしたって、嬉しさから顔面の筋肉が緩んで締まらなくなってしまう。そっかぁ、と胸の内で噛みしめる。ベッドの中で、俺が寝る直前、ツッキーのことを抱きしめようとすると、ツッキーは決まって、鬱陶しそうに顔をしかめるけれど、それも本心では、嬉しいと思ってくれているのかもしれないな。そんなことまで考えて、胸のあたりをほくほくさせていく。
 ベッドの中のツッキーの表情や仕草を思い浮かべながら、俺は、こそっと、その耳元に向けて囁いていた。
「今夜は、ツッキーのこと、ちゃんと、ぎゅっとするからね」
 俺の顔を見たツッキーは、どこか鬱陶しそうな顔をして、俺が抱きしめているマグロの額のあたりを、強く、その指で弾いて言った。
「うるさい」
 調子に乗るな。そう言いたげなツッキーの顔は、やっぱり、どことなく赤らんで見え、俺は嬉しさから、とうとう我慢できずに笑みをこぼした。案の定、イラっとした様子のツッキーのデコピン攻撃を、三秒後、自らの顔面に受けるとは思いもしないままに。