山口は自分に対して、優しすぎるのではないかと時に深く考えることがある。もう付き合って十年ちかくが経ち、一緒に暮らすようになって五年以上が経つというのに、山口があからさまなワガママを口にしたり、不機嫌で僕に当たるといった理不尽さを示したりしたことは一度としてない。本来ならそれは全て良いと評価されることで間違いはないのだろうが、自分がそんな山口の振る舞いに、いささか寂しさを覚えているのも間違いの無い事実ではある。もちろん付き合い始めの頃に比べれば、気の緩みもあれば馴れ合いの部分も少なからず現れてきてはいる。山口なら許してくれるだろうと甘えている部分も確かに存在はしている。それは山口においても、自分に対し持ち合わせている部分だと確信してはいるのだが、それでも、時に他人には決して出せない部分であったり、どうしようもない感情をこちらに見せてくれても良いのではないかと、そう考えてしまう瞬間があるのが実際のところだった。山口のことは十二分に知り尽くしていると言ってもバチが当たらないほどには、他人からすれば同意できるほどの関係に僕と山口は既に達しているのかも知れないが、もっとさらに弱い部分であったり
未知の部分を出しても構わないのではないかと、そう思う自分も同時に存在し続けているのだった。山口の中には絶対にそういった自分の知らない、まだ見せていない部分が残されているのではないかと、そう疑って仕方がないのだ。
だからこそ、山口が深く酔って帰ってきた日の夜、山口から珍しくベッドに押し倒されたとき、ほんの少しだけ期待をしたのだった。もしかしたら山口の思うままに、自分本位の抱き方をこのときばかりはするのかもしれないと、正直、待ち構える自分がいた。その証拠に、その晩、山口はいつもの決まりきった前戯の一揃いを初めて飛ばし、不意に、僕の下着に手をかけてきた。遠慮無く膝下まで一気に引き下ろした山口の手は僕の後孔をせっつくように指先でなぞり、慌てて引きずり出した自分の固くなった性器を僕のそこへとすぐさま押し当ててきた。間髪入れずに挿れてくるのかと身構えた自分の腰元に、山口の腰が押し当てられ、足の付け根、股の部分に山口のものが挟まってきていた。
「挿れないの?」
見上げた僕の顔を見下ろし、山口は泣きそうな顔で眉尻を下げていた。持ち上げた僕の足を抱き寄せるように腕を絡め、どうしたら良いのか困った様子で、こちらの顔をのぞきこんでいた。その顔を目にしたとき、やっぱりこの男は僕に対して優しすぎるのだと、そう悔しく思う気持ちが大きく膨らみだしていた。きっとこのまま抱いていいのか、山口は迷いだしてしまっているのだろう。山口が足下が覚束なくなるほど酔った状態で僕を抱いたことは、これまで一度として経験のないことだった。
「いいよ。したいんでしょ?」
足の隙間から見える山口の顔に向け、うながすように囁いた。山口はふらふらと腕から力を抜くと、僕に顔を近づけてキスをした。絡めた舌からはアルコールの苦い味と噎せ返るような匂いが滲んできていた。鼻につくアルコールの匂いだけで酔ってしまいそうになった僕の腰を、山口の手が改めて掴んで持ち上げていた。ぐ、と押し当てられた先端が割り入ってくる感覚に背筋を震わせながら、目の前の男の様子に意識を向けていた。何かに急かされるように慌ただしく先へと推し進めようとする動きに合わせ、息を吐いてこちらからそれを飲み込んでいくよう、頭の中で想像していた。少しずつ広がる自分の中を満たす山口の性器がいつもに比べ、その大きさも堅さも普段のそれには及んでいなかった。泥酔による不可抗力だと感じつつも、それを惜しいと思うもう一人の自分がいた。
ゆるゆると腰を動かす山口の動きは緩慢で、それでもいつものこちらの様子を伺いながら行ういつもの動作とは、全く異なった動き方をしていた。いつも必ず攻められる場所を今日ばかりは突いてこない山口の腰の動きにもどかしさを覚え、引き寄せたその耳元に声を落とす。
「こんなんじゃイけないでしょ」
それは山口だけでなく僕も、という意味合いではあったのだが、もっと、と告げた僕の顔を見て、山口が腰を深く押しんできたのが手に取るように分かった。精確さに欠ける動きで腰のあたりを押し当てるだけの山口の息が少しずつ早まって、熱くなっていく。肌のぶつかる音が普段以上に鳴り始め、繋がった部分から粘り気のある音も響くようになってきていた。頭の奥が痺れるような熱を感じながら、山口の顔を見つめる。もっと、と目で訴えると、必死そうな山口の手が僕の肩を掴んできた。より密着した部位から動きに合わせて音が漏れ、その響きに目を細める。ぞくぞくする首に力をこめ、喉をさらすようにベッドの上で大きくのけ反っていく。それでも快楽はまだ足りず、急かされるように声を出していた。
「山口、もっと」
僕の顔の脇に手をついた山口が、ぐっと腰を持ち上げる。潰されるような体制になりながら、動く山口の性器の影を目にして、頭の上に両手を挙げた。
「もっと、ぐちゃぐちゃに……して、いいから、ぁ、」
のびてきた山口の手が、僕の腕の上を這い、手首のくびれを掴んできた。掴んだ指の先、ぐっとこめられた力の強さに頭の奥が痺れるような気持ちよさを感じていた。これが欲しかったんだ、と目を閉じた僕の中を、山口の性器が掻き回していく。内壁を擦られる度に、短い声が口の端から漏れだしていた。
「あ、山口、そこ、もっと、んん、いい、」
瞼の裏で光の粒がちらついた頃、ずっと黙って腰を振っていた山口がようやく声を漏らし始めていた。
「つっきぃ……ぅ、あ……あ、」
薄目を開けて視線を合わせる。いいよ、イって。目線で訴えると、苦しそうに眉を寄せていた山口が、大きく僕の中を穿って、二、三度腰を打ち付けるなり、ぶるぶるとその身体を震わせて射精をしていた。
「あ……ああ、……っ、」
中に流れてくる熱い精液の感覚が神経を伝わり、全身で大きく震えていく。その震えを集約するように射精した僕を見下ろした山口は、背をのけぞらせて僕の上へと脱力した。倒れ込んだ山口の熱の塊が引きずり出される感覚に背中を震わせ、僕は大きく息を吐いていた。
何度か肩をふるわせ、大きく呼吸を繰り返していた山口は、汚れた性器を拭うことさえせず、すぐさま眠りの世界へと落ちてしまっていた。まだ汗ばむ山口の身体に目を向けると、そのはだけたシャツから顔をのぞかせた平たい胸が、こちらの視界を覆っていた。僕は顔を近づけ、その胸骨のあたりに自分の唇を押し当てていた。これで、より一層山口という人間が自分のものとなったような、そんな確信が胸の中に静かに広がり続けていった。山口に倣って目を閉じれば、そのまま自分も眠りの世界へとすんなり導かれてしまっていた。
山口がその夜のことを記憶していないことは予想の範囲内ではあったが、後日、同じように飲み会から酔って帰ってきた山口が僕からあからさまに距離を置いていたのは想定外の反応だった。もう一度あの日のように抱かれるのかと思っていただけに、キスしたいと顔に出している山口が一向に手を出してこないことが、あまりにももどかしく、たまらない気持ちで溢れていた。それなのに、山口はキスを渋った上に、今日は何もしないと宣言をしてトイレに逃げ込んでいってしまった。その反応から、山口があの夜のように僕を抱きたいとは思っていないのだと確信をしていた。それが自分のためだと考えているであろう山口の優しさにありがたさは感じるものの、そのせいで勝手に自己嫌悪に陥るのは間違っているのだと、そう伝えなければならない、とすぐに気づいた。だがしかし、トイレに立てこもった山口が中から出てくる気配は、一向にしてはこないのだった。閉ざされたトイレのドアをノックしようかと伸ばした拳を引きとどめては、どんな風に山口に説明すべきか、考えあぐねながら首を傾げていた。