日曜日の朝、ツッキーは部活の練習に復帰した。部員からの歓迎は想定以上の手厚さで、同じく復帰したはずの俺に対して特に何もなかったことへの疑問を口にするのも憚られるような、そんな妙な空気が体育館を満たしていた。ツッキー本人は、その状況に動じることも無く、いつもの調子で受け流すばかりで、気にも留めていないみたいだった。
 練習を終えて部室に引き上げた頃、俺とツッキーが肩を並べて着替えを始めたところで、ふと、無言の視線を周囲から向けられているのを感じていた。今の今まで俺のことを気にも留めていなかった部員たちの視線に、俺は見てみぬふりをしながら内心、首を傾げていた。あからさまとまでは言い切れない調子で、ちらちらと横目に見られている気がする。どうしてだろう、と考えているうちに、隣で帰りの支度を終えたツッキーが、はぁ、と大げさな溜息を吐いてみせた。
「あの、」
 不意に声を上げたツッキーに、部室全体の視線が集まっていく。
「聞きたいことがあれば、さっさと聞いてもらえますか。あと、山口とは付き合うことになりました」
 え、と無言の衝撃が部室全体を塗りつぶしていった。誰もが息を飲み、もちろんそのうちの俺自身も、信じられないツッキーの暴露に驚きで目を見開き、ボタンにかけていた指も手も動きを失っていた。
 皆が唖然として次の言葉を発せられないでいるうちに、呆れた顔つきのツッキーは鞄を手に取り、部室の入り口に向かって一歩、
「そういうことなんで、じゃ」
 踏み出すなり、出て行こうとするから、俺はハッとして、大慌てで、その背中を追った。追って部室を出ようとする俺の背に、先輩たちの野次に似た質問の声が投げかけられていたようにも思えたが、それに振り返るほどの余裕は残ってなかった。
 部室の外に飛び出せば、当然のように俺を待つツッキーが、そこに立っていた。
「な、んで、そんな、……え!?」
 ツッキーの顔を見るなり、込み上げてきた疑問を俺は口からボロボロ声にして吐き出していた。俺と肩を並べて歩き出したツッキーはチラチラ俺の顔を見ながら、さも滑稽な生き物を見つけたみたいに、ニヤニヤと、その口元を緩ませていた。
「手っ取り早いでしょ、先に言っておいた方が」
「そ、うだけど、でも、えっ、何で、あのタイミング?」
 え、え、え、と繰り返し疑問符を吐き出す俺に、隣を歩くツッキーが、くっくっ、と笑う。
「すごい見られてたの、気づいてなかった、なんて、まさか言わないでしょ?」
「気づいていたけど、え、あれ、そういうこと、だった?」
 部室で感じとっていた視線の圧を思い出しながら、思考の半分くらいで、なるほど、と納得する。確かにツッキーが怪我をする前、俺とツッキーが最後に部室のあの場所で肩を並べていたのは、ツッキーからの告白の話をした、その瞬間で間違いなかった。俺とツッキー以外の部員の多くは、俺とツッキーが並んで着替えている光景を目にして、数日前の、あのやりとりを、ふと思い出していたのだろう。
「だから、妙な勘繰りをされるくらいなら、先に手を打っておこうと思って。言っておけば、これから無駄に揶揄われることも無いだろうし」
 反対に付き合ってることに対しての揶揄いは想定しなかったんだろうか。飄々と答えるツッキーの口ぶりに首を捻っていると、横目に俺を見たツッキーがイタズラっ子のような顔つきで、ニヤリと笑った。
「だって、それは本当のことだから」
 それはまるで、遠回しに、自分は嘘はつかないのだと宣言しているような、そんな調子の物言いだった。昨日の病室でのやりとりを思い出し、俺は眉間にシワを寄せていた。
「でも、さっきの言い方は、」
 ずい、っとツッキーの顔が近づいて、俺の目を至近距離で覗き込んでくる。
「山口相手にくらいしか、嘘はつかないから」
 言い切って目を細めて笑う仕草に、俺は諦めの感情を抱きはじめていた。嘘つきが『嘘をつかない』と告げたところで、それは真にあたるのだろうか。
 首を捻る俺に、目を細めたままのツッキーが左手を出す。
「はい」
 差し出された手の形を見受けて、俺は観念して自分の右手を差し出して、そこに重ねた。ぎゅっと握られた手の感触に、こればっかりは嘘なんかじゃない、と思いながら、強く俺の方からも握り返していた。