アイスは溶けかけが一番好きだと語るその意味を、俺はずっと分からずにいた。アイスは冷たく固いくらいのやつをガリガリかじって頭がキィンとする一歩手前を狙うのが最高だと思っていたし、何より食べたくなったその時に真っ先にかじりつかないなんて勿体ないと思った。
「なぁ西谷、俺たち別れよう」
 部活帰りのいつものコンビニでアイスを買って食べようとした時、力が言った。俺は理由なんて聞けなくて、手にしたアイスのカップを見た。いつもの棒つきアイスが売り切れで、たまたま選んだカップのアイスクリーム。きっとこんな風に、俺がいつも調子にのるとこだとか、力に面倒見てもらったこととか、そういう避けられない偶然がいくつも重なってたどり着いた、逃れられない最後なんだと思った。それはもう必然でしかなくて、単純に言えば全部俺のせいだから俺に出来ることは何ひとつ無いってやつだった。
 俺が何の返事もしないからか、力は黙って手にしていたカップアイスのフタを開けた。そっと開けたフタの裏は白く汚れていて、手を汚したくないのか、力はさっさとコンビニの外にあるゴミ箱の中へそれを投げ入れた。店員がくれた頼りない平べったい木のスプーンをその表面にあてる。ゆるんだバニラのアイスは泥のように柔らかで、小さなスプーンの先端を沈めていく。
 滑り落ちそうなそのひとかけを口に入れる手が、小さく震えているように見えた。俺はますます話しかける言葉を見失い、しかたがないから俺も、自分が手にしていたカップの中身にスプーンを当ててみた。手の温度で溶け始めたアイスクリームはひどく柔らかくて、半分水みたいになっていた。いつものあのカチカチのアイスにはもう戻れないだろう、とも思った。汚れたスプーンを舐めとるように口の中へ押し込んでみる。ひどく甘ったるいその味に、何かを思い出しそうになって、なんだっただろうと考え直す前に、そうだ、と思いだした。
 いつもは俺よりゆっくりと時間をかけて食べるはずの力は、今日に限って信じられないくらい素早くカップの中身を空にした。(まるで俺のことなんて待つつもりは無いと言うみたいに)そのまま空のカップをコンビニのゴミ箱へと放り込み、俺の顔をチラッと確かに一秒だけ見て背中を向けた。それじゃ。そう言われる前に俺は力の右腕を必死につかんだ。え、と足を止めて振り返る。俺は何も考えずその口元に口を近づける。力の、驚きで半開きになった唇を撫でるように舌を出した。じわり。甘い刺激が舌の上に広がっていく。
「…は!?」
 口元を手で覆う力を見ながら、俺は口の中に残る甘さを舌先で確かめた。
「なぁ、今嫌だと思ったか?」
 俺の質問に目を丸くしながら、目の前の顔は真っ赤に染まっていった。
「もし嫌じゃないなら、もっかいチャンスが欲しい。俺に出来ることなら何でもする、だから、もっかいだけやり直させて欲しい」
 舌の上に残る甘い刺激を感じながら、さっきアイスを口にしたとき頭の中をよぎったイメージを思い出す。とろけて濃くなったバニラの味は、俺の記憶の中にある、力と初めてしたキスの味とすごく良く似ていた。そう思ったとき、いつだったか力の話したアイスの溶けかけの美味さってやつが分かるような気がした。
 力は俺の顔をうらめしそうに見た。その目が迷いに満ちた上で、
「こんなところでこういうこと二度としないって言うなら」
 真っ赤な顔でそう告げた。
 俺の手にしているカップの中で、ゆるんだアイスがとろりと溶けた。俺は喜びに叫び出しそうになった。