王様ゲームやろうぜ、と突然西谷が言ってきた。でも部室には俺と西谷の二人だけしかいない。何の冗談だろうと思いながらツッコミを入れると、
「いいから、早く引けって!」
と、手の中にある紙きれを突き付けてくる。見れば西谷の握りしめた手の中にある短冊も二本しかなく、ものすごい嫌な予感しかしないのだが、引けとうるさい西谷にいい加減黙ってもらいたくなって、仕方なくため息とともに白い短冊のいっぽんを引き抜いた。
「1」
 見れば短冊のはしっこには、ただの直線が短く描かれている。どう考えても数字の1のことなんだろうが、二人だけの王様ゲームでわざわざ数字を書く理由が分からない。もういっそ「王様」と「家来」でもいいんじゃないかと思っていると、手の中に残った短冊を手を開いてみることもなく西谷が「王様だーれだ!」と口ずさんだ。
 そんなの言わなくても分かってるだろ、と握りしめられたままの西谷の右手を見つめる。俺の視線も無視して、楽しげに「俺だー!」と叫ぶ西谷の頭の中はどうなっているのだろう。
「で、命令はなんですか、王様」
 面倒になって投げやりに尋ねてやる。願った展開にテンションを上げたのか、目を輝かせた西谷が俺の顔をぐいっとのぞきこんできて、何か企んでる顔でニヤっと笑った。何を言うつもりなんだ、と軽く身体をひく。
「王様の命令は絶対だからな」
「……分かってるよ」
 分かり切った基本ルールをくり返すあたり、嫌な予感が増していく。
「じゃあ、言うぞ」
 気合を入れて息を吸い込むその姿に目をそらしていると、
「一番は王様にキスすること!」
 はぁぁぁ?と、俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。驚きすぎて声が裏返ったところで、西谷がドヤ顔で
「王様の命令は絶対、そう言った」
 こうなった西谷はガンとして動かない。俺は長い付き合いで痛いほど知っているその事実に、もうひとつため息をこぼした。
「何でよりにもよってそれなんだよ!」
「いいから、早くしないと他のやつらが来るぞ」
「だからこのタイミングか!」
「こうでもしないと力、してくれないだろ!」
 悔しさに歯噛みする。俺がこういう時言い返せなくなるのを分かった上で西谷はけしかけたんだ。こんなことなら、三分前にキッパリやらないって断っておけば良かった。天井を仰いで顔をしかめる。ほら、とせかす西谷が俺のジャージのすそをつかむ。
 頭の中で後悔の嘆息。今から自分がする行為を頭の中に描いて心臓が驚いたように震える。俺のジャージのすそをつかむ西谷の腕に、自分の手を添える。やらないとどうせまた騒がしくなるに決まってる。すぐに終わるならそれでいい。
 ものすごくこそばゆい感覚で全身が熱くなる。こんな恥ずかしいこと、何でさせたいのか全く分からない。西谷からなら今すぐ済ませてもらえば良いだけなのに、何でこっちが。ばくばくする心臓に息苦しさを覚える。どうしてこんな気持ちにならなくちゃいけないんだ、西谷め。目の前にある、目を輝かせて待っている西谷の顔をにらみつける。
「力」
 まっすぐ俺を見上げて囁くその声に、表情に、ドキリとする。そんな顔するなんて、反則だと思う。一度決めた心が鈍りそうになる。してほしいのか、ほしくないのか、はっきりしてほしい。
 肺に詰まっていた空気を吐き出す。すっと息を吸い込んで、顔をギリギリまで近づけた。自分の肩が震えているのがわかる。あと数センチ、のところでまぶたを下ろす。暗い視界で、どくどくと心臓の音がした。
 押し当てた唇は、想像以上に熱かった。頭の中の血液が煮えたぎりそうだ。今にも走り出してしまいたくなる衝動を抑えて、三秒間そのままでいた。ようやく離れることが出来た時、何故か少しだけ残念な気持ちになっている自分がいるのを見つけて、言いしれぬ苛立ちを覚えた。
 照れくささから、ほんの少し距離をとる。見れば西谷の顔も見たことがないくらい真っ赤になっていて、そんな風になるならやらなければ良かったのに、と俺は思った。赤くなっているであろう自分の顔をそらしながら、西谷の手の中に残る短冊を引き抜く。ちぎってやろうと目の前に掲げる。
「1」
 一瞬目を疑った。自分が持っていた方の短冊を見てみる。「1」たしかに、そう書いてある。俺の手の中にある二本の短冊には、どちらも「1」と書かれていた。
 どういうことだよ、と目で語り掛ける。西谷は気まずそうな顔で目をそらしながら、唇をとがらせている。
 呆れてため息をひとつ。手の中にある短冊を二本ともびりり、と破り捨てた。
「西谷、こういうことはもうするなよ。その、なんだ……」
 自分でも何を言おうとしてるのか、分からなくなって、流れのままに言葉を口にした。
「そんなにしてほしいなら、別の状況だったら、その、なるべく断らないようにするから」
 ほんとか?と大げさに喜ぶ西谷の声がした。俺は絶対に西谷の目を見ないように気をつかって、ただじっと自分の心の中に湧き出る恥ずかしい気持ちを抑え込んでいた。
 こんなことに遣うくらいなら、他のことに頭を遣えよ、馬鹿ノヤ。