自分の名前を好きだと思ったことはあんまりない。どちらかといえば気が強い方でもないし、ガタイが良いとは言えないしで、今まで自己紹介の時相手に意外そうな顔をされたり、からかわれたりすることがほとんどだった。小学校の時には名前をネタに変なあだ名をつけられることも少なくなかったし、仲のいい友達からは「縁ちゃん」とか名字で呼ばれていたから、自分でも名字の方が合ってるんだと思っていた。
 中学の時には周りには小学校からの知り合いばかりがいて、名前のことなんて誰も口にしなくなり、自分でも気にすることは少なくなった。だから高校に上がった時、久しぶりに名前のことを思い出した。自己紹介の時の空気は小学校や中学での反応と変わらない。そんなもんだよな、と思っていた高1の4月、初めてこの名前を笑顔で認めてくれたやつがいた。それが西谷だった。
「へぇー力っていうのか!良い名前だな!」
 今も小さいけれど、今よりほんの少し小さい新入部員の西谷は大きな目を輝かせて笑った。
「そ、そうかな……」
 あまりの迫力と意外な反応に、俺は照れくささと戸惑いを覚えた。
「だって“力”だろ、男らしくて強そうでカッコいいじゃん」
 ばしん、と俺の背中をたたきながら西谷はそう言った。やっぱりそういうイメージなんだ、と苦笑がこぼれた。
「でも名前負けっていうか、正直、自分に合ってるって思ったことないから」
 よっぽど、西谷の方がこの名前が似合うと思った。西谷のことは中総体での活躍があまりにもすごくて、今でもよく覚えている。天才リベロとして名高い「千鳥山の西谷」は地元では有名だった。俺は昔から大きくも小さくもない身長だったけど、中学ではその“大きくない身長”を言い訳に練習から逃げていたところがあった。エースにもなれない、技術があるわけでもない、そんな俺にとってバレーは単なる“部活”だった。だから中学の公式戦で初めて西谷を見た時、頭を金づちで撃たれたような衝撃があった。眩しくて、存在感に満ち溢れていて、天才ってこういうことを言うんだな、と思った。自分があんな風にコートの中で輝けたら、この名前が似合ったんだろうな、とも。
 俺の顔を見上げた西谷は小首をかしげ、不思議そうな顔をしていた。すぐに周りにいた他の新入部員のうちの一人が自己紹介を始めて、俺への視線は一瞬途切れた。
 それからしばらく静かにしていた西谷が、部活が終わるころに声をかけてきた。
「俺は似合うと思ったけどな」
 名前、と言われてようやく何の話のことか分かった。何で、と聞き返すとモップを手にした西谷が
「お前が大人になった姿を想像したら、すごく似合うと思ったんだ。これから似合う自分になればいい、そうだろ、力?」
 そう言って、にかっと笑ってみせた。久しぶりに家族以外が口にしたその響きに、胸の奥がむずがゆくなる。この名前が似合うようになった自分を頭に思い浮かべて、よし、と心に決めた。
「そうなれるよう、頑張るよ」
 おぅ、と言って突き出された拳は小さかったけれど、こつんと自分の拳をあてると固く頼もしいものだった。
 その日から、俺は自分の名前が少しだけ好きになった。西谷が俺を名前で呼んでくれる度、西谷があの日描いてくれた自分に少しでも近づけているだろうか、といつも考えるようにしている。目標は、まだもう少し先みたいだけれど。