会場を満たす応援の声。メガホンをぶつけ合う音が耳に痛い。幸い、試合の相手校ではなく、隣りのコートの応援団のものなのだけれど、体育館いっぱいに満ちた音が頭に直接響いて、ある意味暴力に等しい。大きな音の渦中に置かれるこの雰囲気を俺は中学から知ってはいるけれど、高校のそれは格段と真剣味を帯びて、鬼気迫るものがある。
 ナイッサー、と隣で西谷が叫ぶ。サーブの一球の間だけ下がったベンチでも、西谷は声を張り上げる。コートの中でも外でも西谷は全力をやめない。
 サーブの軌道がネットを越え、相手のスパイカーがトスに合わせて飛ぶ。運悪くレシーブを崩されるが、何とか主将がフォローし、旭さんが無事に決めた。
 隣に立つ西谷を横目に見る。きゅっと結んだ唇に、次のプレーへの気持ちが表れている。きっと今のスパイクだって、西谷なら崩されることなくレシーブ出来ていただろう。次の一球は確実に自分の仕事をする。そう心の中で思っているのだろうか、強い視線はコートから一秒も離れることはない。
 点差はひとつ。次も烏野が点をとらなければ相手のセットポイントになる。
 コートに戻ろうとする背中を、俺はそっと手で押した。
「西谷、頼む」
 それに気づいた西谷は、こちらをそっとふりかえり、「おう」と笑った。俺の顔の目と鼻の先に、握りしめた右手を突き出してくる。
 息を深く吸い込んで、その右手に自分の握り拳を小さくぶつけた。
「あずかってくな」
 告げられた言葉の強さに、胸の中がきゅっと引き締まる。コートに戻っていく西谷の背を見つめながら、俺はコートに向かって声を張り上げた。
「もう一本!」
 会場を満たす他校の応援に阻まれ、すんなりとは飛ばない声にもどかしさを抱く。もっともっと大きな声で。届け、届け。俺の気持ちを西谷はコートの中へ持って行ってくれた。輝くことはないかもしれない、伝わることもないかもしれない、俺の想い。ベンチの中までチームだと主将は言ってくれた。それが優しさからの言葉でも、せめて、この声が、この想いがコート内のメンバー全員の背を押してやれるなら。
 コートに向かって大きく口を開く。このチームが自分は好きだ。一緒に勝ちたい。一度もボールに触れることはなくても、想いは同じだと信じているから。
 烏野のサーブが相手コートの後方に落ちる。レシーブからつながった相手のトスに、敵のエースが腕を振り下ろす。弾丸のようなスパイクの軌道の先、待ち構えていた西谷の姿があって、正面で受けたボールがふわりと上がって菅原さんの元へ届いていく。あぁ、やっぱり西谷はすごい。そんな言葉を胸によぎらせながら、俺は叫ぶ。決めてほしい一心で言葉に熱がこもる。力強いエースの一本を相手校は読んでいた。ブロックに跳ね返されるボール。だめかと思うそのボールの先に、西谷の小さな掌が差し込まれる。全身全力で、その数センチを一秒でも早く自らの掌を間に合わせるために、コートの真ん中にダイブする西谷の全身が床の上に滑り込む。音もなく上がるボールに会場が涌いた。もう一本。俺はそう叫んでいた。
 苦しい斜めに上がったトスを、エースは相手のコートのエンドラインめいっぱいに沈めこんだ。ホイッスル、整列の声。沸き起こる勝利への雄たけび。俺は小さくガッツポーズを胸の前でした。
「いつもありがとな」
 ベンチにいた俺たちに向かって、主将が笑って告げた。挨拶を終えたコートには、まださっきの熱気が残っている。コートには入れなかった俺たちはお互い顔を見合わせ、誇らしげにこう返す。
「当然です、俺たちもチームのひとりですから」
 俺たちの言葉に、主将もエースも、誰もが嬉しそうに笑ってくれた。

「ありがとな、力」
 ベンチから撤収の移動中、西谷が汗を拭きながらそう言った。俺が西谷にお礼を言うならまだしも、どうして西谷が俺に感謝しているんだ、と首を傾げていると、噴き出した西谷に背中を盛大に叩かれた。
「お前の気持ち、頼もしかったぞ」
 バシバシと何度も繰り返されるその衝撃に、俺は困って上手く返す言葉が見つからない。そうこうしていると、西谷の手がやっと止まり、
「力の声が一番俺には届いたぞ」
 胸を満たすのは、喜びと照れくささの混じった、くすぐったい気持ちだった。