「俺の身体の半分以上は、ツッキーで出来てると思う」
 一緒にテレビのバラエティー番組を見ていた山口が、突然、こちらを振り向いて宣言した。一瞬何を言われているのか理解が追いつかずに、僕は「へぇ」と適当なあいづちを打った。テレビの画面には未だにワインへの想いを語る女優の姿が映されていて、数秒前にも同じく声高に叫んでいた台詞を、再び大げさな身振り手振りを添えて声に出していた。
「私の身体の半分はワインで出来ています。私はそれほどワインを愛しているんです」
 その声を聞き終えて、ようやく僕は山口の顔を見た。その表情は冗談を言う時のそれとは真逆のものだった。あまりの真剣さに、思わず鼻先で笑うように息を吐いた。対抗心でも抱いたというのだろうか。もしや見ず知らずの女優に触発されて、既に共有しているその思いを改めて伝えたくなった、とでも言いたいのだろうか。それとも僕にも同じように感じていてほしいと期待して、僕の身体の半分が何で出来ているのかを問うために前振りとして自分から切り出したのだろうか。
「よく、分からないんだけど」
 結局、そう言うしかなかった。頭の中にある言葉はそれしかなく、それが今の自分が発することのできる精一杯の返事だった。けれど山口は、落胆の色も見せず、寂しそうな顔もせずに、自らも答えを探すような口ぶりで話を続けた。
「俺、自分の半分以上をツッキーに作ってもらったような気がしてならないんだ。だって、今、ツッキーと会う前の自分を想像して振り返って見ても、なんとなくしっくりこないっていうか、何を考えてどんなふうに毎日を過ごしてたのか、すごく曖昧で自分のことじゃないみたいに感じるんだ。自分じゃない別の人間の出来事、みたいな……だから、今の自分ってツッキーに会う前の自分とはずいぶん違うんだな、ってそう思って」
 どうやら単純に有名人の発言に張り合おうとして出た言葉ではなかったということらしい。うんうんとしばらく唸った挙句、山口は観念した様子で僕の目を見た。
「良く分からないけど、それって俺はツッキーと出会ってツッキーと一緒にいたから今の俺になれたんじゃないかな、って」
 過去にも向けられていた憧れの色を残しながらも、山口は懐かしそうな様子で目を細めた。
「だから、ツッキーに心から『ありがとう』って言いたくなっちゃった」
 感謝の意を示す微笑みに、胸のあたりが得も言われぬくすぐったさに覆われた。何も言わず引き寄せられた手に山口の手が重ねられ、そのあまりの温かさに唇を噛んでしまう。山口のこういうところが、いくつになってもズルいと思う。自分だけが言いたいことを思いつくままに告げていき、こちらには返す隙を与えてくれもしないどころか、勝手に一人で自己完結させようとする。
「それはこっちのセリフなんだけど」
 唇の隙間から漏れ出た言葉に、山口が目を見開いた。首を傾げながら視線だけで説明を求めてくるその仕草に、思わず苛立ちを隠せずに目を逸らす。あの日、山口が熱くなって想いをぶつけてくれなければ、自分はバレーボールの本当の面白さに出会うことは無かっただろう。そして、そもそもあの日山口と出会ってさえいなければ、自分がこれほどまでに執着心が強いことも、酷く満たされた気持ちになれる瞬間があることも知らずに生きてきたに違いない。それはすべて、山口と出会ってしまったから思い知らされたことだった。
「そんなこと言ったら、こっちは百パーセントお前で出来てることになるんだけど」
 せめてもの報いになるように、語気を強く告げてみたが、山口にはいま一つ、伝わり切らなかったようだ。
「ツッキーは、最初からツッキーだよ?」
 眉間にしわを寄せ、不思議そうにこんな言葉を返してくるのだから、手に負えるものでは無い。いっそ伝えようとした自分の方が愚かだったのかもしれない、とまで思うと、気が遠くなりそうだった。これ以上無理に伝えるのも無駄なことのように思え、ため息をついた。こちらの左手を握りしめている山口の手の上へ自分の左手をさらに重ね、耳に残る女優の言い回しを真似て口を開く。
「こっちはそれほど山口のことを愛している、ってこと」
 目の前の山口の顔が一瞬で茹でダコのようになり、のぼせたようにへらへらと笑い出した。付き合ってもう何年も経つというのに、この山口の反応だけは変わらない。つられて唇の端を緩めると、隙有り、と言われるばかりに唇を寄せられた。すっかり慣れた調子で舌先を差しこまれ、当然のようにこちらも受け入れた。
 もし山口の半分以上が自分で出来ていて、自分の身体の半分以上が山口で出来ているのだとしたら、こうして口づけする度にお互いをお互いに戻そうとしているのかもしれない。そんな考えが頭を過ぎったが、口にするのは止めにした。きっと山口は返そうとする僕に対し、全てを差し出そうとするだろう。
 混ざりあう唾液と共有する体温に目を閉じながら、出来るだけ山口の求めるものが与えられますように、と密かな祈りを胸に抱く。もしもこの世から山口がいなくなってしまったら、今存在する自分はきっとぼろぼろに崩れて無くなってしまうから、やはり自分の身体はほとんどが山口で出来ているんじゃないだろうか。そう思った反面、それがあまりにも極論であることに我ながら呆れ返ってしまった。その苦笑の意図を、またもや山口は上手に汲みとれなかったらしく、口づけの終わりに相変わらず間の抜けた顔で首を傾げ続けていた。





2019/2/24開催RTS!!24内、山月プチオンリー「好きすぎツッキー」にて配布したペーパーSS。
手元にペーパーが残っていないので配布時の題名が分からない。そのため改めてタイトルをつけて収納しました。